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映画「ジョーカー」に登場する歪んだ人たち。日本にも大勢いるよね? [my opinion]

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映画「ジョーカー」に登場する歪んだ人たち。日本にも大勢いるよね?

映画「ジョーカー」に登場する歪んだ人たち。日本にも大勢いるよね?

この数年、僕が出会った「クソ野郎」と言いたくなる人たち。「ウジ虫」「困ったちゃん」「アホ」などと呼んで来たが、映画製作を邪魔したり、足を引っ張ったり、心ある人たちを踏みつけたりした連中。ドラマなら悪役となる人たちだ。ただ、昔の映画ならその手は権力欲が強く金のためなら人を殺し、踏みつける金持ち、政治家だった。だが、今の時代は多種多様。そんないろんな「クソ野郎」たちが見事に「ジョーカー」では描かれている。

①ブルース・ウェインの父 本来は街を浄化しようし、息子であるブルースに影響を与えた人物だが、この映画では庶民の痛みを理解しない実業家として登場。日本で言えば経団連会長や大企業のトップ。あるいは官邸にいるあの人のイメージ。ただ、これは従来からいる「クソ野郎」タイプ。そして、この人たちだけが悪でないことを映画は描いている。その他を以下で紹介。

②アーサーの上司 ピエロ派遣会社のマネージャー。彼はアーサーを「皆が君は変だというが、僕は君が好きだ」などと煽てて使うが、アーサーが災難に遭っても(子供たちに看板を盗られ壊されても)理解しようとせず、頭ごなしに非難。拳銃の件では会いもせずに電話でクビにする。社員を労働力としか見ず、問題点や職場環境を考えず、社員の苦労を理解しない。日本にも多い、ブラック企業の上司のような存在。この種のバカヤローが社員を苦しめる。


③アーサーの母 精神病による妄想で、ありもしないことを信じて、周りの人たちを巻き込む。本人は病気であり、悪意はない。が、息子がその妄想を信じたためにトラブルになり、人生が壊れて行く。実際、日本でもその種の事件は多い。患者が「私は酷いことをされた」と妄想し発言。周りが振り回され、罪のない人が加害者だと思われ関係者からバッシングを受け、そして反撃。諍いとなる。僕もこの種の人たちに何度も出会った。病気が原因での発言とは誰も思わず、無意味な争いを続ける。


④アーサー 病気の母の言葉を信じたばかり希望を持ち、そして破滅して、暴走して行く。彼自身が被害者なのに、加害者になってしまう。僕の周りにいた人たちも似ている。善良な市民だが、患者の妄想で酷い目に遭った被害者を加害者だと思い込み、批判、攻撃して追い詰め、孤立させ「当然の報い」と考える。妄想に巻き込まれたジョーカーが自分に正義があると感じたように、彼らも間違った正義を振りかざし、罪のない人を踏みつける自らの行動を把握できていない。

いずれのキャラも悪意はなく、自身の行動が誰かを傷つけていることに気づいていない。悪の組織や悪徳政治家だけではない。その種の人たちもまた、多くの人々を苦しめる。むしろ自分たちが被害者だと感じ、正義を振りかざすので始末に悪い。最後のシーンで暴動を起こす市民もまた同じ。もはや被害者ではなく加害者になっていることに気づかない。

そんな部分まで描かれていることで、多くの人が自分を重ね、いろんなことを感じたのだ。まさに日本も同じ。映画「ジョーカー」はそんな現代を映し出した作品である。



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俳優に大切な出会いは2つある。「役」と「監督」それが運命を決める? [映画業界物語]

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俳優に大切な出会いは2つある。「役」と「監督」それが運命を決める?

俳優たちを見ていて思うことがある。なかなかの実力派でも、すぐにブレイク出来る訳ではない。そこには2つの出会いが必要だ。一つは「役」。例えば武田鉄矢さんはやはり金八先生。あの役と出会わなければ、彼は海援隊時代の面白いおじさんと言うキャラの役しか依頼が来なかったかもしれない。渥美清さんは寅さん。ある大監督は言う。

「渥美くんはあの映画をやらなければ、もっといろんな役を演じる、素晴らしい俳優になったはずだよ」

どちらが幸せだったか?と思うが、寅さんで彼は国民的俳優となった。「役」と共に俳優に大事な出会い。それは監督だ。先の2人でいうと、山田洋次監督。武田鉄矢さんは彼との出会いで役者人生がスタートする。「幸せの黄色いハンカチ」だ。「金八先生」も大きいが、山田監督が彼を選ばなければ、俳優業さえスタートしてなかったかもしれない。

渥美清さんはすでに俳優だったが、山田監督との出会いが「寅さん」に繋がる。三船敏郎も黒澤明と出会わなければ、世界のミフネにはならなかっただろう。ハリウッドでも同じ。若き日のハリソンフォードは役者で食えなくて、大工をしていた。そんな時に受けたオーディション、それなりの役をもらう。それが「アメリカングラフィティ」のスピード狂の兄ちゃん。監督はジョージルーカスだ。

ルーカスは次回作で再び彼を選ぶ。今度は宇宙を飛び回るパイロット。そうハンソロ船長。「スターウォーズ」だ。それがあったのでルーカスが製作総指揮をした「インディ・ジョーンズ」に繋がり、彼は世界的なスターとなる。俳優は実力だけではない。出会い。役との出会い。監督との出会い。それが俳優の人生を決めていく。

それは監督にとっても同じ。スコッセッシはデニーロがいたからこそ「タクシードライバー」や「レイジングブル」が撮れた。逆にデニーロにとってもスコッセッシがいたから、大スターになったとも言える。だから、僕もそんな俳優たちとの出会いを求めて、来月ワークショップする。


詳しくはこちらを=>https://cinematic-arts.blog.ss-blog.jp/2019-10-23-5



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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。自分のいいところを探せ!⑤終  先輩業界人の言葉を疑え? [映画業界物語]

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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。自分のいいところを探せ!⑤終 
先輩業界人の言葉を疑え?

(2015年の記事から)

シナリオを読んで否定されても、先のあげた3つの批判をする人であれば「ああ、この人に読む力はない。今後はシナリオを見せても意味ないな」と判断できた。そう、シナリオでも、原稿でも何でも、読んでもらうのは力量を判断されるので、緊張するし、批判されればショックを受ける。が、読む方も試されているのだ。読む力、想像力がない人は正当な批評はできず。自らの力のなさを露呈してしまう。

映画界には読む力がある人が少ない。

そう思えたので、映画以外の世界で働く人にもシナリオを読んでもらった。念のために補足するが「俺の素晴らしいシナリオを理解できる奴がいない!」というのではない。当時、僕が書いていた作品は未熟なもの。しかし、正当な批評をしてもらわないと、何が足りなくて、何が悪いか? どこがいいのか?を分からない。客観的に観て指摘してもらってこそ、実力は伸びる。

その後、出版、音楽、マスコミ、そして映画ファンの友人などにシナリオを読んでもらうようにした。帰国から5年後に脚本家デビュー。その後、監督した映画4本(注、2019年段階では5本)全てのシナリオは僕のオリジナルである。

「太田監督の映画は毎回泣ける!」

と多くの方が褒めてくれるが、デビュー前は否定の連続だった。今思うと、業界のプロデュサーたちに全否定されたのだから

「僕にシナリオは無理だ....」

と諦めていてもおかしくない。ただ、彼らの言葉の全てを受け入れなかったこと。そして彼らには想像力がない、新しいものを理解できない。上から目線でものをいい。自分の趣味と客観的判断をごちゃまぜにしている人たちだと気づきいた。そんな人たちの言葉を信じる必要はないと思えたことが幸いした。同じことは他の業界でも言えるだろう。

「才能ないんじゃない?」「よくあるパターンだよ」「リアリティがないんだよね」

そんな言葉で新人たちを否定する人は多い。いや、業界に限らず。想像力がない人、現実を知らない人ほど、安易に人を批判し、他人を否定しているところがある。人の言葉に振り回されてはいけない。自分のいい部分を探し、延ばすことで道は開ける。(了)


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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。自分のいいところを探せ!④ シナリオを否定する人のお決まりパターン? [映画業界物語]

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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。自分のいいところを探せ!④
シナリオを否定する人のお決まりパターン?

(2015年の記事から)

デビュー前に、業界のプロデュサーにシナリオを読んでもらうと、ある言葉で批判されることが多いのに気付いた。3つ目だ。

(3)「よくあるパターンだね?」

この批評にも最初は悩んだ。どうすれば、これまでと違うものが出来るのか? 確かにオリジナリティは大事だ。しかし、完全に新しい最初から最後まで斬新な物語なんてあるのか? 刑事ドラマは刑事がいて、事件が起き、捜査が始まる。すると、プロデュサーは「よくあるパターン」と否定する。

では、かつてない展開の物語であればヒットするのか? 友人でかなり前衛的なドラマのシナリオを書いた奴がいたが、こう言われた。「よく分からない」新しいものを書けば「分からない」定型で行くと「よくあるパターン」という。彼らの思考はどうなっているのか? 実は脳の性質と関係する。脳は何かを認知するとき、過去の記憶と照合して、それを確認する。

つまり、刑事ドラマであれば、「ダーティハリー」なのか?「リーサルウエポン」なのか? 「ダイハード」なのか? それらを当てはめてみる。その結果、似たところがあれば「よくあるパターン」と批判。照合できない場合、つまり斬新な物語である場合は比較できないので、認知できず「よく分からない」と結論する。

どちらにしても、彼らは作品を認めることはない。そういう人に限って「よくあるパターン」という。その枠でくくれば刑事映画は全て「よくあるパターン」だ。主人公のキャラが違うとか、犯人が個性的だとか、その程度の違いなのだ。が、そこまで読み込める人はなかなかいない。以上の3つの言葉、

「リアリティがない」
「ひねりが足りない」
「よくあるパターンだね」

これはどんなシナリオや映画に対しても言える。そして、一見、それなりの批評をしているように聞こえるが、説明した通りで見る目のない人がいいがちな言葉だと気付いた。言い換えると「私は想像力がありません」「僕は物語の本質は見抜けません」「私は見る目がありません」という意味にさえ思える。

(つづく)



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プロの俳優のためのワークショップ。講師・太田隆文監督ー2年ぶりに開催予定 [映画業界物語]

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プロの俳優のための太田組ワークショップ。2年ぶりに開催予定

前回は映画「明日にかける橋」の撮影前だったので、映画の準備とワークショップの準備が並行してしまい大変だった。それでも前回、参加者の中から3人、映画に出演してもらった。監督にとつても実力ある俳優と出会える大切な機会だ。

ちなみにワークショップは演劇の基礎を学ぶものではなく、それなりにやっている経験者。プロの俳優を鍛えるもの。映画出演や舞台経験のない方は遠慮願っている。それと、こんな思いもある。

オーディションでは俳優を選ぶが時間が短い。たいていは1人、10分〜15分ほどしか時間を取れない。下手すると10人一緒で1人で5分ということもある。俳優にすれば

「30分あれば本当の実力が見せられるのに!」

という人もいるだろう。実力あるのに緊張するという人もいる。だから、数分で起用に芝居ができる小粒の人が選ばれがち。時間をかければ凄い演技をする役者も多いはず。そこで毎回、3時間を超えるワークショップを実施。徹底的に芝居をしてもらう。

そして、その人の個性、魅力を見出すと共に、何が足りないか?どんな努力が必要かも指摘させてもらう。

開催は11月中旬から下旬。会場は山手線の駅から近いどこか。ただ、参加したからと出演できる訳ではない。それは理解して頂きたい。前回出会った3人はなかなか、頑張った。今回も実力派と出会えること。期待している。

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太田隆文監督プロフィール

1961年生まれ。「スターウォーズ」のジョージ・ルーカス監督らハリウッド監督の多くが学んだ南カルフォルニア大学(USC)映画科に学ぶ。

「ストロベリーフィールズ」(2005年 佐津川愛美、谷村美月)
「青い青い空」(2010年 波岡一喜、鈴木砂羽、松坂慶子、長門裕之)
「朝日のあたる家」(2013年 並樹史朗、斉藤とも子、いしだ壱成、山本太郎)
「向日葵の丘 1983年夏」(2014年 常盤貴子 田中美里、藤田朋子、津川雅彦、芳根京子)
「明日にかける橋 1989年の想い出」(2017年 鈴木杏、板尾創路、田中美里、藤田朋子、宝田明)

地方を舞台にした感動作を作り続け、全ての作品は海外の映画祭で上映。大物俳優や国民的俳優が数多く出演。また、太田作品に出演したのちの大ブレイクしたのが谷村美月、芳根京子ら。出演はしていないが、最終候補に残った若手俳優も、その後、NHKの朝ドラ等に出演。新人発見の監督と言われる。



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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。自分のいいところを探せ!②「才能ない」といわれるが、その意味は「私の趣味には合わない」と分かる? [映画業界物語]

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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。自分のいいところを探せ!②
「才能ない」といわれるが、その意味は「私の趣味には合わない」と分かる?

(2015年の記事から)

「このシナリオはおもしろくなかった!」

といわれるのはいい。が、作家に対して「才能がない」というのは、根本的な否定。脚本家や監督を目指していれば大いに傷つくだろう。そんなことを平気でいう人がそこそこいた。

しかし、その業界人たちがいうのは「私の趣味に合う、面白いシナリオではない」「趣味が合わない」というだけ。それを本人たちが自覚していない。「私は面白くない」=>「書く力も創造力もない」=>「才能がない」と安易に言っているだけだと分かって来た。最初は業界の人に全否定された....と落ち込んだが、背景が分かってくると少し気が楽になる。

そして多くの業界の人にシナリオを読んでもらっていると、否定する人が共通して使う言葉があることも分かってきた。もちろん、当時の僕のシナリオは大したものではない。否定、批判されて当然だ。が、批評を聞いていると「あれ?」「何で?」というものが多かったのだ。

「なんか詰まらない!」「大したことない!」

一般の人が映画を見て、そう批判するのは自由。だが、映画業界で仕事する人が同じレベルの批評をするなら問題だ。なぜ、詰まらないのか? 何がダメなのか? それを分析し、テーマを推察して、それに従って作品が成功した、失敗したを判断。言葉にすることが、彼ら彼女らの仕事なのだ。

旅行に例えると「沖縄に行きたい!」と言っているのに「だったら、電車で行くのが早いわよ」とアドバイスしたり。あるいは「北海道に飛行機で行きたい!」というのに「それじゃ九州へは行けないよ」と批判する。

つまり目的地(テーマ)がどこか?を把握しないと、批判もアドバイスもできない。映画も同じ。テーマを把握した上で、それが描けているか?を判断するのが本来の批評。それができない人が業界にはとてもとても多いこと分かって来た。

「才能ないと何度も言われたけど、実は見る目がない人が多いんじゃないか?」

そんな人たちの批判を真に受けて、落ち込んでいてはいけない。プロだろうが、ベテランだろうが、業界の大手で働く人だろうが、当て外れな批判をする人たちの言葉を受け入れても、何らプラスにならない。そのことが分かって来た....。

(つづく)


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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。自分のいいところを探せ!①「才能ないんじゃの?」という無神経な業界人たち [映画業界物語]

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他人の批判で「私はダメだ」と思ってはいけない。自分のいいところを探せ!①
「才能ないんじゃの?」という無神経な業界人たち

(2015年の記事から)

もう、20年ほど前になるが、アメリカ留学から戻り、映画監督デビューを目指してシナリオを書いていた時期がある。自分で考えたオリジナル・ストーリーをシナリオに。まだ、パソコンもない時代なので、原稿用紙に手書き。

夜、アルバイトを終えて帰宅。朝まで執筆。昼前に起きてバイトへ。という生活をしていた。が、シナリオを読んでくれる業界の人は少なく、読んでもらっても全否定の批評が返って来た。

最初の頃はショックで「やはり、僕は脚本家に向いていないのか...」と落ち込んだ。でも、何度もシナリオを見てもらっていると気づいたことがある。まず「才能ないんじゃない?」という人がいた。

日本の映画学校にいたときもそうだったが「俺、才能あるのかな?」とか「あいつは才能あるよ」という言い方をする者が多かった。ただ、彼らの言葉を集約すると「才能」があれば脚本家や監督になれるというもの。

「俺には才能があると信じたい」

そういって頑張る友人もいた。が、多くは「努力」をせず「才能」があるはずだから、やっていけるという発想。それは違うだろう。「才能」は「超能力」ではない。何の経験も努力もなくして感動できる物語が作れるはずはない。と僕は考えていた。

あとあと正解であることが分かる。その話は以前に書いた。現在、映画監督の仕事をし、様々な業界で活躍する第一線のアーティストとお会いすると、まさにそのことを痛感する。「才能」なんてない。「センス」や「素質」を持つ人が物凄い努力をして素晴らしい作品を作るのだ。

当時から「才能」という言葉を使う人は胡散臭いと思えた。注意して聞いていると、そんな人は自分で何かを作ったことのない人が多い。そして「才能ないんじゃないの?」という人の多くは、僕が書いたシナリオに「魅力や興味を感じていない」という意味であることが分かってきた....。(つづく)


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俳優になるにはまず、プライドをズタズタにされること⑨終=まずは実力をつけること。実績を作ること? [映画業界物語]

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俳優になるにはまず、プライドをズタズタにされること⑨終=まずは実力をつけること。実績を作ること?

表現の仕事をする上で大事なことは、一度酷い目に遭うこと。プライドをズタズタにされることだ。地面に叩き落とされて、自身の力を思い知ること。そこから考えて、どうすれば見返せるか? 認められるか? 必死に考えて、技を磨くこと。そこからが本当のスタートになる。

「詰まらないプライドは捨てろ。プロとして素晴らしい演技をするというプライドを持て」

ということだ。以前、出版関係の人からこんな話を聞いた。今やベストセラー作家となった京極夏彦、宮部みゆきも、最初は小説を書き出版社に持ち込んだが、読んでももらえなかった。編集者の引き出しに入れたまま半年近く!

「リング」で大ヒットを飛ばした作家さんも、幾つもの出版社に持ち込んだがダメ。それが角川書店の名編集者の目にとまり出版された。つまり、実力ある作家たちでも、その力を理解する編集者との出会いがなければブレイクすることはできなかったということ。

実力があっても、それを認めてくれる業界の人との出会いがないとプロにはなれない。ロック歌手の尾崎豊だって、須藤晃というCBSソニーのプロデュサーと出会わなければデビューできなかったかもしれない。業界にだって見る目のない人たちがとても多いのだ。

つまり、スタートをしてからも様々な障害や壁が続く。なのに、「俺はスゲーんだよ」と何の実績もない者が豪語するだけで何もしないで、業界の人たちが振り向く訳がない。しのごの言わずにまず、カメラの前で芝居する。舞台に立つことが大事。

ゴールデンのドラマでなくていい。自主映画でいい。帝国劇場でなく、下北沢の小劇場でいい。実際に芝居をすることだ。それを続けることで実力も付き、注目もされる。

作家志望なら書く。映画監督を目指すなら学生映画を作る。それを続けることで実力をつける。そして実績を作ること。何もしないでいて、いきなり名演技をしたり、名作を書くことはできない。(了)


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>俳優になるにはまず、プライドをズタズタにされること⑧=表現をブランドを勘違いする人たち? [映画業界物語]

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俳優になるにはまず、プライドをズタズタにされること⑧=表現をブランドを勘違いする人たち?

でも、「表現」というのは、否定されようと、批判されようと、形にせねばならない。そこからがスタートだ。シナリオを書く。映画を作る。舞台に立つ。そして批判を浴びる。正しい批判と間違った批判を区別する。自分が本当に正しいと思う声だけ聞いて、考え、反省して、次に備える。その繰り返しだ。

なのに作家志望の友人。執筆しようとせず「まず出版社にコネを作る。次に資料を集める。編集者と仲良くなる」そんなことばかり言っていた。「2流の**書店は嫌だ。大手の**社なら出してもいい」そんなことは作品が出来てからいえ。結局、彼は小説を書かなかった。こんな女優の卵もいた。

「大手***事務所に所属してCMの仕事をしたい。写真集を出して、フジテレビの月9に出て、ハリウッド映画にも出たいな〜」

妄想の前にまず芝居しろと叱ったことがある。小学生が夢を語るのとと大差ない。

「将来、東大に入って、東京のテレビ局に就職して、俳優と結婚して、田園調布の大きな家に住んで、1年に何回か海外旅行するの!」

 それと同じ。その子はこうもいう。

「でも、最初に深夜ドラマとか出てしまうと、二流だと思われるので、ゴールデンのドラマでデビューしたいんです...」

もう、無理! 愚かな主婦の発想が「我が子は有名幼稚園に入れて、名門のエスカレーター学校に入れて、大学まで….」それと同じ発想。そんなことで役者にはなれない。

要は芝居がしたいのではなく、ブランドにこだわっているだけ。「私は他の人と違う」という勘違いなプライドを捨てられない。「表現がしたいのか?」「プライドに見合う立場になりたいのか?」その手の人はまず、そこを考えた方がいい。では、何が大事なのだろう?

(つづく)



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俳優になるにはまず、プライドをズタズタにされれること⑦=豪語するが何もしない友人たちの背景? [映画業界物語]


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俳優になるにはまず、プライドをズタズタにされれること⑦=豪語するが何もしない友人たちの背景?

20歳前後の頃、映画監督や俳優を目指す友人たちには、こんなことをい出だす奴がいた。

「10億出してくれたら、いつでも映画を撮ってやるよ」

「主役以外はやらない!」

何だかんだと言い訳をして行動せず、脚本家志望の友人もシナリオを最後まで書き上げることもできずにいた。彼らのほとんどは

「俺は外の連中と違う。才能がある。やれば大ブレイク間違いなしだ!」

という何の根拠もない高いプライドを持っていた。では、なぜ、行動しないのか? 実は内心。あるいは無意識に不安も感じているからだ。

「もし、ダメだったらどうしよう? シナリオを書いて認められなかったらどうしよう?」

日ごろから偉そうなことを言っている。プロを否定し、友達に対して上から目線。なのにシナリオが認められなかったら、俳優志望なら舞台に立った時、芝居を見た友達に「意外に大したことないなあ」と言われたらどうしよう?

そんな恐怖も感じる。だから、行動に移せない。強がりを言い続ける。シナリオも書かず、舞台にも立たず、作品を作らなければ、批判も否定はされない。いつまでも高いところにいられる。そんなことを言っている内に歳を取り、仕事のチャンスを失う。いや、それらはまだいい方で、もっと凄い奴らもいた。誰もが呆れかえるようこと。マジでいうのだ?

(つづく)


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