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浜松の高校、書道部を舞台にした青春書道映画。 松坂慶子、長門裕之ら大物俳優も出演。 [予告編]



「青い青い空」予告編
浜松の高校、書道部を舞台にした青春書道映画。
笑って、泣いて、感動。松坂慶子、長門裕之ら大物俳優も出演。

太田隆文監督作品、第2弾(2010)


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スピルバーグからの大きなチャンスを待ってはいけない。 俳優は小さなチャンスを繋げ大きな成功を掴む?④(終) [映画業界物語]

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スピルバーグからの大きなチャンスを待ってはいけない。
俳優は小さなチャンスを繋げ大きな成功を掴む?④(終)

俳優の卵たちに訊くと、こういう。

「月9に出たい」

「アメリカ映画に出たい」

もちろん可能。でも、そんなことをいえるのは遠くで憧れているだけだから。業界の競争を知らず、「私は特別、きっと成功する」という根拠のない自信を持っている子の場合が多い。

「主演以外の役はしたくない」「ゴールデン枠しか出た無くない」

という無謀な希望を語る子もいる。一度、そんな奴に説教したことがあるが、何を言っても、

「僕は大丈夫。まあ、見ててください。主演映画の試写会のときは呼んであげますよ!」

と自信過剰。さして二枚目でもない20代の男の子だった。その後、30年ほど経つが未だに招待状は来ない。デビューしたという話は聞かない。映画でもテレビでも見かけない。要は現実を知らず、待っていればいつか誰かが自分を認め「君が主役だ」と言ってくれると思っていたのだ。

シンデレラ症候群と同じ。スピルバーグからいきなり「僕の映画に出てくれ!」と依頼が来たりはしない。だから、小さなチャンスに気付かない。見逃してしまう。

30年前。僕が若い頃から、そんな連中はいた。そして、今の若い世代も同じことを言う奴が多い。若さゆえの過ちなのものかもしれないが、その手の連中は一度、壁にぶつかるとすぐ「現実は甘くない」といい諦めてしまう。大切なことは今も昔も同じ。

「チャンスに気づき、小さなチャンスを繋げて大きなチャンスを掴むこと」

高過ぎるプライドを掲げて、高望みをしても誰も叶えてはくれない。また、日常に目を奪われていると、小さなチャンスを逃がしてしまう。そんな若い人を数多く見てきた。ただ、僕は誰1人、現実に気づかせることはできなかった。そんな子たちにはどう伝えればよかったのか? 今も考えてしまう。

(了)



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スピルバーグからの大きなチャンスを待ってはいけない。 俳優は小さなチャンスを繋げ大きな成功を掴む?③ チャンスに気づかない若手。 [映画業界物語]

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スピルバーグからの大きなチャンスを待ってはいけない。
俳優は小さなチャンスを繋げ大きな成功を掴む?③



ある時、よく知る若手俳優。まだまだ無名だし、実力もなく、事務所にも所属していないが、あるオーディションを進めた。友人の監督がやる低予算ものだが、勉強になるだろう。だが、その若手はこういう。

「あ、その日はバイトなんで無理っす!」

彼はこう考えていたようだ。

「小さな映画のオーディションだから、バイト休むほどのことないな〜」

来るはずもない大きなチャンスを待っていて、小さなチャンスに気付かず、それより日常を大事にしてしまう。1日バイトを休むと来月の生活にしわ寄せが行く。

だが、どんな下らない映画のオーディションでも、行けばスタッフに会う。監督と話せれば、その種の人をナマで見ることができる。待っている間に、他の役者と話しができたり、情報をもらえるかもしれない。バイトしていても1時間900円もらえるだけ。その辺が想像できない。

昔は、そんなとき、そいつを呼び出して説教したものだが、今はもうしない。時間がないということもあるが、言われて動いてチャンスを生かした奴もいないからだ....。それを聞いた別の若手がいう。

「それに気付くかどうか? が成功する人としない人の違いかもしれないですね?」

その通りだ。成功のためには努力が必要というが、チャンスに気付けるか  チャンスを生かせるか? チャンスの意味が分かるか? そんなことも大きい....。

(つづく)



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スピルバーグからの大きなチャンスを待ってはいけない。俳優は小さなチャンスを繋げ大きな成功を掴む?② コッポラ監督の場合 [映画業界物語]

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スピルバーグからの大きなチャンスを待ってはいけない。俳優業は小さなチャンスを繋げること②

「ゴッドファーザー」のフランシス・コッポラ監督。彼のスタートはシナリオライター。あるときプロデュサーに「君、第二次世界大戦について詳しいか?」と訊かれこう答えた。

「専門家ですよ!」

で、ある映画のシナリオを頼まれた。彼は帰り道に本屋に寄り、第二次大戦の専門書を買って帰ったそうだ。実は専門家でも何でもなく、そこから勉強を始めたのだ。

その仕事が「パリは燃えているか」。その後、コッポラに別のオファーが来る。先の映画を観て第二次大戦の専門家だと思い頼んでの依頼。それが「パットン大戦車軍団」その映画でコッポラはアカデミー脚本賞を受賞する。

そんなふうにチャンスがチャンスを呼ぶ。小さなチャンスが大きなチャンスに繋がる。だが、チャンスのあり方を知らない俳優の卵はこう考えた....。

(つづく)


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スピルバーグからの大きなチャンスを待ってはいけない。 俳優は小さなチャンスを繋げ大きな成功を掴む?① [映画業界物語]

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スピルバーグからの大きなチャンスを待ってはいけない。
俳優は小さなチャンスを繋げ大きな成功を掴む?①


僕は家族親戚に映画関係者が1人もいなかった。ただ、その後、あるきっかけで幸運にも18歳のときに映画撮影の現場を何日にも渡って見学。19歳で助監督を経験。20歳前後にはA.D.を経験。若い頃から業界に親しむことができた。

逆に若い頃のアルバイトとか、会社員の経験がなく、カタギの生活がピンと来ないところがある。そんな中で知らず知らず覚えたのは大きなチャンスはめったいにやって来ないということ。

漫画でよくあるように、漫画家志望の子が学校に遅刻しそうで走っていると、誰かとぶつかる。その人がたまたま漫画編集部で働いていた。ぶつかったショックでカバンから漫画原稿が飛び出す。

「君。漫画描いているの?」

それがきっかけでデビュー! なんてストーリーが昔はよくあったが、そんなことはまずない。漫画家だけでなく、小説家でも、脚本家でも、原稿をもって営業しても、読んでもくれないことが多い。つまり売り込んでも難しいのに、遅刻しそうで走っていてもダメ。

ただ、アルバイトをしていてもダメだが、業界と近いところにいると、チャンスがまわってくることもある。が、そのチャンスに気付かない人も多いのだ。以前、ある大手映画会社のプロデュサーから言われたことがある。

「君。***できる?と仕事を頼まれたら、必ずできる!と答えろ。そこから全てが始まるんだよ」

今、考えると本当のその通りなのだが、僕はその時、チャンスを無駄にしたのだ。だが、それを生かしてハリウッドで成功した人がいる。「ゴッドファーザー」の監督・フランシス・コッポラである。

(続く)


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日本映画「蜜蜂と遠雷」とても良かった!「フェーム」を彷彿、おすすめ。 [映画感想]

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日本映画「蜜蜂と遠雷」とても良かった!おすすめ。

日本映画界で監督業をしているのに、偉そうに言わせてもらうと、邦画で「見たい!」という作品があまりない。そんな中、予告編を見てちょっと惹かれて見たこの映画。大ヒットだった。一口で言うなら日本版「フェーム」(1980)あのアランパーカー監督の作品のようだ。物語と言うより、まるでドキュメンタリー。

ピアニストのコンクールに4人の天才が挑む。1人の登場人物に視点を絞らず、まさに「フェーム」のように客観でそれぞれの人物を見つめる。まるでヨーロッパ映画を見るようだ。いろんなことを感じた。音楽と映画はとても似ている。それぞれに携わる人たちの思い。そして、天才が努力し、競う世界。僕も毎回、撮影で俳優たちと対峙するたびにそう思う。

俳優は演奏者。役は楽器。だから、キャスティングでは、どの俳優に何を弾いてもらうか?考えるような感じ。「向日葵の丘」ではFさんにはチェロを弾いてもらったが、「明日にかける」ではピッコロでお願いしよう。みたいな感じ。

この映画はピアニストたちが主人公。そして、その俳優陣が凄い。本当にピアノを見事に弾いているし、どうやって撮ったの?と言う感じ。映像も絵で音楽をしっかり表現しているし、監督自身がクラシックをよく知っている。日本の監督は音楽に疎い人が多いのに誰?と思ったら、ポーランドの国立大学で映画を学んだ人。やっぱ違う。ちなみにカメラマンはポーランドの人。だから、映画自体がヨーロッパぽい。

ネタバレになるのであまり書けないが、いろんな意味で素晴らしい。ただ、俳優で1人だけ、役に合ってないし、英語のセリフの意味理解していない人がいて、先の「記憶****」でも全体から浮いていたし、どうしたの?と言う人だけはとても気になったが、あとは皆、素晴らしい。あと、チラシのデザインもダサすぎる。あの映画の魅力が伝わらないが、興味ある方はぜひ!


予告編。本編の良さはあまり感じませんが=>https://youtu.be/b9z6NcS5Wwc


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自分にできる仕事とは何か?=子供時代を見つめる。自分の資質を発見? [映画業界物語]

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「監督。凄いですね。毎回、演出だけでなく、脚本も、編集もやってるんでしょう?」

と時々言われる。本来はそれぞれに別の者が担当するが、太田組では僕が全部やっている。一番の理由は経費削減。監督、脚本、編集を1人ずつ3人でやると、3人分のギャラが必要。でも、1人で3つやると、ギャラは3人分ではなく、1.5人分くらいで済む。という経済効果。

もう一つは歌と同じ構図。作詞、作曲、演奏、歌。昔はそれぞれが担当していた。作詞・阿久悠。作曲・都倉俊一。歌・ピンクレディ。演奏・ダン池田とデュークーフリード。でも、近年はMrChidlenらバンドは自身で作詞作曲、演奏して歌ってしまう。

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そのことで、誰かが作った歌詞に誰かが作曲して、誰かが演奏して、それを歌手が歌うというパターンでは伝わりにくいもの。作者の「思い」が伝わる。だから感動する。だからヒットする。そんな形が多い。映画も同じ。誰かが書いたシナリオを、監督が自分なりに理解して、演出する。撮影したものを誰かが編集するでは「思い」がダイレクトに伝わらない。

人を経るごとに「思い」が薄まって行く。それぞれが違う「思い」を持っているからだ。似た思い出も、同じではなく、最大公約数的になる。やはり、シナリオを書いた者が、演出し、編集してこそ熱い「思い」が観客に届く。ただ、難しいことがある。「社長」シリーズ「連合艦隊」で有名な松林宗恵監督に言われたことがある。

「監督と脚本はそれぞれに別の資質なんだよ」

確かにその通りで、監督は現場で多くのスタッフ、キャストを仕切らなければならない。文句が多いスタッフもいるし、わがままな俳優もいる。彼ら彼女らと対峙、引っ張って行く力がいる。どちらかというと武闘派が得意とする仕事。現場監督のようなもの。「行くぞ。おりゃー!」的な力が必要。もちろん、冷静沈着で物静かな監督もいるが、統率力とか人望が大切。

対して脚本家は孤独な作業。1人でコツコツと朝から晩まで書き続ける。その世界に入り込み、物語を構築。あえて言えばオタク的な仕事。武闘派ではなく、小説家のようなタイプが向いている。社交的で飲み会で大騒ぎするより、1人で本を読んでいるようなおとなしい性格が向いている。両者は両極端と言えるくらいに、別の資質であり、性質の違う仕事なのだ。

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僕は毎回、両方をやっているので、当たり前のことと思っていた。が、先のような質問をされると「そうだよなあ?」と考える。両方ができる理由は何だろう? 

「才能がある」なんてことはない。才能なんて存在しない。ただ、子供の頃を思い出す。小学校低学年は学校が終わると家に帰り、1人で本ばかり読んでいる子供だった。それが高学年になると、友達と自転車で街中を走り回っていた。キャラが全然違っているが、低学年が脚本家、高学年が監督に向いたものと言える。

人は何かのきっかけで外向きになったり、

内向的になったりするということ。そしていろんな素質や資質が子供には秘められている。運動部に入り、部長になったことでリーダー的資質が発揮されたり。たまたま読んだ本が面白くて創作に目覚めたり。子供にはどんな力が秘められているか分からない。

だが、親たちはそれを探そうとせず、暗記することが主である日本の教育を押し付け。勉強以外は遊びと考えて、子供達の秘めた力を見つける機会を失う。僕の場合も、親がそれを見抜いたのではなく、環境がそれを発揮する機会を作ったのだろう。あと、親や教師のいうことを聞かない子供だったので、自分が持つ資質を見つけ伸ばす機会が持てたということか?

お陰で映画製作ではいくつものパートで仕事ができている。そして学校で習ったことが全く生かされることがないことを感じる。子供達は遊びに中でこそ、自分の秘めたる力を発見する。その機会を潰しているのが親と教師ではないか?そこが結論のようだ。


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僕がワークショップをやる理由? 事務所や知名度に関係なく実力派を見つけたいから。 [映画業界物語]

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僕がワークショップをやる理由?

15年ほど前。太田組俳優部を作るべく、若手俳優のワークショップを月イチ無料でやっていた。それがうまくいかなかった理由は以前に書いた。演技力のレベルや表現の方向をよく知る俳優が身近にいれば、映画製作になってあれこれキャストを探さなくて済む。また、演劇学校等では型通りの表現がしか教えないが、そうでない部分がちょっと分かれば実力アップするのに!という思いからスタートした。

だが、若手たちは次第に勘違いが起こし、僕の側にいれば映画に出られると思い始める。失敗しても「監督は優しいから」と許されると考えてしまった。無料というのもダメ。身銭を切ってやるからこそ、学ぼうと思える。タダだから「がんばろう」にはならないことも痛感した。それ以来、10年ほどワークショップはしなかった。

が、前回、映画を撮るとは告知せずに開催。実はその中から「明日にかける橋」のキャストを選ぶつもりだった。もちろん、オーディションもする。が、1人5分、10分、15分という持ち時間となってしまう。30分あれば本領発揮の俳優。1時間あればエンジンがかかる役者もいる。

秘めた実力があっても、時間切れ。そんな俳優たちの力を知るには、4時間でもできるワークショップしかない。基本はあれこれ自分の力や個性を発見する機会にしてほしいが、できる人がいれば次回作で!と考えて実施した。結果、3人を選抜。オーディションでは見つからない面々。撮影時も本当に頑張ってくれた。大手事務所でなくても、知名度がなくても、経験が少なくてもいい役者というのはいるのだ。

そんな思いで、今回もワークショップを行う。ただ、今回はすぐに撮影があるわけではない。製作すら開始していない状態。「ワークショップに行けば出演できる!」という思いだけで参加しても、あて外れになる可能性が高いので覚悟はしてほしい。でも、実力ある俳優なら、シナリオを書く時に「あいつがこの役やるといいな」と思ったりするはず。そんな実力派と出会う機会になればと考えている。


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「明日にかける橋 1989年の想い出」(鈴木杏、板尾創路、田中美里、藤田朋子、宝田明が出演)静岡県版・予告篇! [予告編]



「明日にかける橋」静岡県版・予告篇!

DVDはamazon、楽天で購入できます。全国のTSUTAYAでもレンタルできます!

出演 鈴木杏、板尾創路、田中美里、越後はる香、藤田朋子、宝田明


予告編=>https://youtu.be/MacNc2k56wQ

監督ブログ=>http://cinematic-arts.blog.so-net.ne.jp
 
映画のHPはこちら=>http://ffc2017.main.jp

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映画「ジョーカー」を見てはいけない。心の闇に陥り、帰って来れなくなる?ただ、今年1番の傑作 [再掲載]

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映画「ジョーカー」を見てはいけない。心の闇に陥り、帰って来れなくなる?

昨日は1日、気分が滅入り立ち直れなかった。映画「ジョーカー」を見たせいだ。予感はあった。見たらヤバイ。ハリウッド映画の爽快感やエンタテイメントを期待したら大変なことになる。その通りだった。上映中。早く終わってくれと願いながら見ていた。辛すぎる。闇の世界に心が引き摺り込まれていく。

物語は「ダークナイト」等でお馴染み

の悪役ジョーカーの若き日を描いたもの。ノーランのシリーズでいうと「バットマン ビギンズ」以前の部分。青年がいかにして悪のジョーカーになるか?物語にはのちにバットマンとなるブルース・ウェインの幼い頃の姿も描かれ。彼の父、ウェイン財閥の創始者も登場する。だが、ノーランが描いた「ダークナイト」シリーズ以上にダークでヘビーな世界がある。

「ビギンズ」で描かれたブルースの両親の死が、犯罪者側から描かれる。そこに至るまでジョーカーはどんな環境で、どんな生活を、どんな思いでしていたのか? 映画はそれを瞬きせずに見つめる。だが、それはあまりにも悲しく、あまりにも陰惨で、あまりにも希望のないジョーカーの若き日。予想外に自身を重ね共感してしまう。そう、ジョーカーは誰の心にもいる。

この映画は「タクシードライバー」

の影響を多大に受けている。監督自身が愛する作品なのだろう。いたるところにオマージュがあり、先の作品を知っていると感嘆する。ジョーカーは「タクシー」の主人公トラビスでもあるのだ。そのトラビスを演じたロバート・デ・ニーロもこの作品に出演している。そこにも監督の強い思いが感じられる。

「タクシー」を見ていても多分、気づかないであろうところを紹介すると、ジョーカーの職場にいる黒人。衣装やファッションが「タクシー」の夜カフェにいる黒人と同じ。ジョーカーが愛する黒人女性。デ・ニーロが私生活で黒人好きだったことを踏襲? しかし、「タクシー」のオマージュというだけでない、重く、暗く、やり切れない世界が展開する。

それは主演俳優と監督の執念

ともいう「思い」がなし得たもの。アメリカでは上映中の映画館に警察官が配備されているという。「ジョーカー」を見た観客が暴動を起こすかもしれないからだ。実際、映画を見ると闇の世界に引きずり込まれ、皆、ジョーカーになってしまう。人の心に住む邪悪な世界に引きずり込む映画。痛快なハリウッド映画を期待する人は見ない方がいい。だが、今年のベストと言える傑作である。



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