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本日は午前10時の映画祭。「アラビアのロレンス」完全版。 DVDも持っているが、 また見てしまった [映画感想]

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本日は午前10時の映画祭。「アラビアのロレンス」完全版。

1963年。すでに3回ほど見た上にDVDも持っているが、

また見てしまった。映像が本当に素晴らしい。

今回気づいたが、「続悪名」と同じテーマ。



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「この世界の片隅で」ー観た。  打ちのめされて何も言えない。オリジナルは観ているのに、 [映画感想]

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「この世界の片隅で」ー観た。

 打ちのめされて何も言えない。オリジナルは観ているのに、


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「ディアハンター」ベトナム戦争を描いた金字塔!=打ちのめされた。 [映画感想]

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「ディアハンター」ベトナム戦争を描いた金字塔!=打ちのめされた。

若い頃から戦争映画は好きではなく、よほど有名な作品しか見てなかった。が、「ドキュメンタリー沖縄戦」を手がかるようになってからは、あれこれ見るようにしている。どうも昔の戦争映画は武勇伝的なもの、戦記物的な描き方が多いのが好きになれない理由の一つだったようだ。

それらのパターンでない映画をもう一度見ようと、あれこれ考えて「ディアハンター」を再度見た。と言っても1979年の公開以来だ。当時、大阪のOS劇場で見た。アカデミー賞も受賞した名作。大ヒットした。あれからちょうど40年。DVDで見直した。

この映画。ベトナム戦争ものと思って観ると最初の1時間はずっとペンシルバニアの田舎町が舞台。デニーロたちが演じる鉄工場で働く兄ちゃんたちの馬鹿騒ぎや結婚式が延々と描かれる。マイケル・チミノ監督の得意パターン。ベトナム戦が描かれるのは1時間を過ぎてから、それも戦闘シーンは15分。あとはあのロシアンルーレット。それが15分ほど。次の30分はサイゴンの話。

そのあとアメリカに戻り。デニーロは親友を探しに再びサイゴンへ。となる。超大作のイメージがあったが、実は戦闘シーンは僅か!ロシアンルーレットの場面はもう見ていても苦痛だが、製作費的には大した額はかかっていない。もちろん、15分の戦闘シーンだけでも、日本映画何本分?という額だが、思った以上に戦争場面は少ない。

それでも成り立つんだ....という思い。ロシアンルーレットの場面に戦争の狂気が集約されているし、決して低予算感はない(製作費はかなりかかっている!が、使い方が意外だった)。このスタイルは応用できるのでは? それはさておき、3時間3分のこの映画。見終わると打ちのめされ、何も言えなくなる。よくある戦争映画の爽快感はなく、友人を失ったデニーロたちの悲痛な思いが伝わり、自身の友達を亡くしたかのように暗くなる。

アカデミー賞に相応しい名作。もう少し、あれこれ戦争映画を勉強しよう。



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2019年のベスト8ー今年は名作がたくさんあった! [映画感想]

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2019年のベスト8ー今年は名作がたくさんあった!

これらの内、「天気の子」「ジョーカー」「ターミネター」「エンドゲーム」は劇場で2回見ている。他も、もう一度見たかったが、終わってしまった。この20年ほどで2回見ようと思った映画はほとんどない。そのくらいに今年は凄かった。

特に「エンドゲーム」は「スターウォーズ」時代の終わりを予感させ、「スカイウォーカーの夜明け」を見たときにそれを痛感した。涙がボロボロこぼれた作品ばかり(主戦場とハリウッドは違うが)心にグッと来たものが多い。

これらの作品のほとんどに共通するのは「家族」「仲間」という絆の物語であること。それが現代のキーワードであり、観客の心に突き刺さるのだと思える。


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「男はつらいよ お帰り寅さん」をやっと見た。 [映画感想]

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「男はつらいよ おかえり寅さん」をやっと見た。

この映画を見たら2019年も終わりと思っていた。今年のトリ。いや、トラだが、「男はつらいよ おかえり寅さん」をやっと見た。お!と思ったこと。シリーズ終盤になった頃。主人公はもう寅さんではなく光男君であり、泉ちゃん(後藤久美子)とのラブストーリーとなっていた。「男はつらいよ」ではない別の物語に寅さんがゲスト出演という感じ。

渥美清さんが体調を壊し、ハードな撮影に耐えられなくなったということもあるが、尾崎豊を思わす?光男君の青春物語は、それなりに楽しく見ていた。今回は完全にその続きであり、後日談であり、主人公は完全に光男君! その青春物語の完結編ともいうべきエピソード。

ネタバレにはならないと思うので書くと、寅さんは登場しない。回想で現れるだけ。でも、それは正解であり、桜さんも、ヒロシさんも既に老人になっているのに、若い寅さんが現れる(過去の映像を合成して)のも変だし、リアルに年取った寅さんをCGで描くのも違うだろう。

でも、単なる回想ドラマになっておらず、光男君ら、くるま屋の家族のその後が描かれており、家族とは何かを問う物語になっている。まるで木下恵介監督の映画を見るようだ。あちこちの場面で心に刺さるセリフがある。光男がいう

「寅さん。何で人は生きていくの?」

回想場面を見ている内に、そうか....「男はつらいよ」というのは喜劇ではなく、人生や家族を考える物語だったことに気づく。

ただ、最後になると、山田洋次監督の「渥美清さん。ありがとう」という思いが全開になり、本来のテーマから逸れるている気がするが、ある意味で、このシリーズの完結編を撮るのに、20年の歳月が必要だったことも感じる。泉ちゃん。リリーさん。朱美(美保純)、源ちゃんらが出てくるだけでも懐かしい。

このシリーズで探したものは何だったか?を山田監督がもう一度確認し、寅さんに感謝を伝えるために、この完結編を作ったように感じる。


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あなたが俳優を目指すなら絶対に見て欲しい!「ウエストサイド物語」(午前10時の映画祭) [映画感想]

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あなたが俳優を目指すなら絶対に見て欲しい!「ウエストサイド物語」(午前10時の映画祭)

この映画が劇場公開されるのは、もう15年振りだろうか? その前はさらに15年ほど。DVDではかなり前から見られるが、この映画だけはテレビ画面で見ても意味がない。映画館の大スクリーンで見るからこそ、あの迫力と感動が押し寄せる。

映画史上、屈指の名作。ミュージカルの金字塔。それが「ウエストサイド物語」だ。CG技術がどんなに進んでも、この映画の迫力、センスを超えることはできないだろう。「レ・ミゼラブル」「グレーテストマンショー」マイケルジャクソンの「ビートイット」(多分「BAD」も)原点はこの映画だ。フィルムメーカーたちは「ウエストサイド物語」を目指し、学んでそれらを監督している。

僕がこの映画を初めて観たのは高校時代。テレビ洋画劇場。「月曜ロードショー」だったかのお正月スペシャル。3時間ノーカット。吹き替え俳優も凄い。沢田研二、大竹しのぶ、安奈淳、国広富之。映画雑誌で何年もタイトルだけは知っていた。すごい名作だという。ビデオのなかった時代だ。

しかし、噂と違い、退屈極まりない物語。どこが名作?17歳の僕はそう感じた。その後、映画館で1980年にリバイバル。大画面で見ようと、川崎の映画館街で見たら、35ミリプリントの上下をカットしたシネスコサイズで上映されていた。(ほんとは70ミリプリント。当時の場末の映画館ではいい加減な上映が多かった)大画面で見ても感動はなく終わる。それが18歳。

その後、20代の終わり頃。アメリカ留学のバケーションで帰国した時に、渋谷パンティオンで70ミリ大画面で見た。ストーリーを知っている、すでに3回見ているのに大感動。打ちのめされた。凄かった。本当に名作だった。一緒に見た友人も言葉を失い。「凄かった....」としか互いに言えなかった。1990年代にも一度リバイバルがあり、若い俳優の卵を連れて銀座で見た。

そいつも打ちのめされて、言葉を失ったまま帰っていった。それ以来、劇場公開があると、若い連中には勧めている。あのセンス。あのスピード、あの感覚。全てが一流。表現者を目指すなら一流を見ることが大事。言っちゃ悪いが日本のアイドルのミュージカルなんて見ていたらダメ。この映画を観た上で観て欲しい。

そんな「ウエストサイド物語」下記の映画館で見ることができる。次はまた15年後かもしれない。DVDではダメ。若手俳優のあなたも、ミュージカルに興味ない君も、表現に携わる仕事をする人は絶対に見て欲しい。

2019/12/13(金)~2019/12/26(木) 午前10時から1回上映

札幌シネマフロンティア
MOVIE ON やまがた
T・ジョイ新潟万代
ユナイテッド・シネマ アシコタウンあしかが
シネプレックスつくば
TOHOシネマズ 市川コルトンプラザ
MOVIX三郷
ユナイテッド・シネマ ウニクス南古谷
TOHOシネマズ 日本橋
立川シネマシティ
イオンシネマ シアタス調布
TOHOシネマズ ららぽーと横浜
TOHOシネマズ 小田原
TOHOシネマズ 甲府
イオンシネマ金沢フォーラス
静岡東宝会館
ミッドランドスクエア シネマ
TOHOシネマズ 岐阜
イオンシネマ津
TOHOシネマズ 二条
TOHOシネマズ なんば
TOHOシネマズ くずはモール
TOHOシネマズ 岡南
広島バルト11
シネマサンシャイン大街道
福岡中洲大洋
TOHOシネマズ アミュプラザおおいた
TOHOシネマズ 長崎
天文館シネマパラダイス



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「カリオストロの城」を見て再発見したルパンの魅力=新作にはそれがないので詰まらないのか? [映画感想]

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「カリオストロの城」を見て再発見したルパンの魅力=新作にはそれがないので詰まらないのか?

現在、公開中の映画「ルパン3世」CGアニメ版。あまりに酷い理由を知るために同作品が目指したであろう「カリオストロの城」をBDで見直した。やはり、同じ設定、同じセリフを使っており、リスペクトがあることを感じる。が、なぜ、尊敬する作品には遠く及ばない退屈な作品になってしまったのか?詰まらない理由は昨日の記事で紹介した。今回は「カリオストロ」から新作が学べていない部分を考えてみる。

劇場公開以来、すでに20回以上も見ている作品だが、見だすと止まらなくなる。展開も結末も知っているのに目が離せなくなる。新作を見たばかりなので、この名作からいろんなものを取り入れていることも分かる。パクっているのではない、オマージュなのだが、決してそれらは生きていない。新作にない表現を上げていく。

努力するルパン。汗を流し、体を使い、走り、泳ぎ、飛ぶ。そんな姿に少し微笑み、観客は共感する。対して新作ではどんなトラップも、危機も難なく乗り越えてしまう。スーパーマン的なルパンがいる。驚きはあっても共感や微笑ましさは感じない。

また、ルパンと次元との関係性。観客は2人が仲のいい、長年の友達であることを知っている。そのせいか新作ではそこをあえて描いていない。友達らしい会話、友達らしい態度、時々冷たい態度を取っても、友達関係であるという展開。対して「カリオストロ」はあえて仲の良さを描いている。ジャンケン、スパゲティの取り合い、子供同士のように無邪気な2人が描かれる。

それらの描写によってルパンや次元に強い感情移入をしてしまう。「あいつらいい奴だな」という好感を持ってしまう。新作では「それは分かっているだろう?」というかのように描かれていない。次元だけではない。五右衛門、不二子、銭形も「カリオスロ」ではとても魅力的だ。クールな五右衛門も、いつも裏切る不二子も、敵であるはずの銭形でさえ「いい奴!」なのだ。

それをちょっとしたセリフ、ちょっとした態度で描いている。本筋とは関係ない部分だ。が、それが観客に強く伝わる。そして新作ではそれらがない。サイボーグが五右衛門や不二子を演じているだけのような味気なさ。間違った描写はないが、好きになれない。銭形の性格をコピーしたロボットのようなのだ。

そして新作ではない部分。ルパンの敗北。血を流し倒れるルパン。観客は応援せずにいられない。それも、どか食いして一晩で復活しようとする。健気なルパン。新作ではひたすら頭脳明晰で、運動能力が優れたスーパールパンが描かれる。他のメンバーもまるで超能力者。なので感情移入ができない。応援したくならない。放っておいても大丈夫という安心感。それが新作を退屈にした原因だろう。

それは何かと言うと、人間味だ。人間性だ。クリエーターはルパンのキャラは把握しているが、そこに特別ではない普通の人の、いや、ダメな奴らと共通する人間性を持ち込んでいない。人は優れたところに憧れるが、同時にダメな部分に共感する。それを新作のクリエーターは気づいていない。ルパンの魅力はスーパーヒーローというだけでない、人間的な部分にもあること。「カリオストロ」を見直して気づいた。



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映画版「ルパン三世」(CGアニメ)も「スターウォーズ」最終章と同じ。ファンが作ったルパンごっこ? [映画感想]

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映画版「ルパン三世」(CGアニメ)も「スターウォーズ」最終章と同じ。ファンが作ったルパンごっこ?

ファースト・シーズンは1971年。今も続く人気シリーズだが、作り手は代替わり。当時、テレビで見ていた層が作っている。明らかに「カリオストロの城」を目指している。それはいい。レティシアはクラリスであり。ラストシーンも敢えて同じ設定。

だが、中身は「カリオストロ」というより「レイダース」であり。それをルパンで焼き直した形。こちらも「スターウォーズ」と同様に机の上で、考え書いたストーリー。「ルパン」シリーズを熟知し、キャラも把握しているが、全て借り物であり、「007」や「インディジョーンズ」風物語を机の上で作り上げた感じ。

批判するのは簡単だ。ストーリー作りは本当に大変。同時に宮崎駿の偉大さも痛感する。「カリオストロ」は何度も見てもハラハラドキドキ、ルパンを応援せずにいられなくなる。が、この映画は何か他人事で、次元も、五右衛門も、不二子も、単なる知り合い感覚。どのキャラクターも愛しさを感じることが出来ない。

「スターウォーズ」もそうだったが、クリエーターは過去のシリーズは愛しているが、本当にルパンや次元への愛があるのだろうか? ルパン人形や次元人形を使い、ルパンごっこをしているだけに思える。それと「SW」もそうだが、クリエーターは若い頃から映画少年で、実体験が少ないのではないか?

恋したり、友達と喧嘩したり、泣いたり、笑ったりという映像以外での体験が少ないのではないか?だからナマ人間を描けないのではないか? 要はオタクなのではないか?とすら思える。一体何が違うのか?「カリオストロ」を再度見て(もう20回ほど見ているが)その答えを探してみたい。


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「スターウォーズ」最終章。もう一つの弱点?=俳優陣の弱さ? [映画感想]

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「スターウォーズ」最終章。もう一つの弱点?=俳優陣の弱さ?

(ネタバレはないけど、観てから読んで欲しい)

ファンが机の上で作った物語。だから、感動しないと前回書いたが、もう一つ問題がある。俳優だ。新三部作のレギュラーメンバーが皆、個性が弱く、魅力的でない。とても一生懸命に芝居はしており、下手ではないが、伝わって来ない。レイも、フィンも、どういう人か?よく分からないし、「レイ、頑張れ!」と心から応援したくならない。

比べて旧三部作。ルークを演じるマークハミルはその後の経歴を見ても決して演技派ではなく、普通の兄ちゃん。でも、ルーク・スカイウォーカーなのだ。レイアのキャリフィッシャーも、普通の姉ちゃん。でも、愛すべきお転婆プリンセスだ。ハンソロこと、ハリソンフォードはこの頃から名優。さらに新人3人を包み込むのが大御所アレックギネス。さらに敵のモフターキン総督=ピーターカッシング。俳優が皆、個性的だった。

前三部作だって、ナタリーポートマン、ユアンアクレガー、クリストファーリー、サミュエルLジャクソンと多くが存在感があった(アナキンの青年パートの彼だけミスキャストと思えるが)。その2つの三部作に比べて、今回は本当に弱い。好きになれない。応援したくならない。これは何なのか? 芝居が下手というのではなく、俳優自身に魅力がないのだ。その背景にあるものは?

俳優はプライベートが幸せだとダメになる。特に女優はそうだが、彼氏ができる。結婚する。子供ができる。そちらに思いが行ってしまい芝居に力が入らない。そんな女優は多い。逆に離婚したばかりはいい。「元夫に思い知らせてやる!」と芝居を頑張るからだ。つまり、何かを抱えている俳優の苦しみや悲しみが芝居に出るので、観客の心を打つ。代表的なのはジェームズディーン。彼の演技は涙を誘うが、演技ではなく、本当に孤独で寂しかったのだ。

悲しみでなくても個人の人生が出る。先のハミルやフィッシャーだ。フォードは大工仕事で生活費を稼ぎ、オーディションを受けていた時代。その意味で新三部作のレギュラーは皆、真面目に勉強する若き俳優たちでしかなかったのではないか? でも、悪いのは彼らではない。彼らを選んだ監督だ。JJはVFXにはこだわるが人間を描くのはうまくない。人より映画に愛がある人。それでアニメキャラのような人間味のない俳優陣を選んだのかも?

だから、最終章でも、あの俳優が出てきた場面(秘密!)は急激にクオリティが高くなり、涙がこぼれた。あれが大物俳優の力なのだ。そんなことも感じる。やはり俳優の力は大きい。



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「スターウォーズ」最終章は、心が震えなかった。その理由を考える? [映画感想]

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「スターウォーズ」最終章は、心が震えなかった。その理由を考える?

(ネタバレはないけど、観てから読んで欲しい)

まだ、昨日が封切り日なので観ていない人たちが多。詳しい感想を書くことでネタバレになるのは避け、違った角度での感想を書かせてもらう。今回の新三部作にルーカスは関わっていない。会社ごと権利を買い取ったディズニーが制作する新作。作るのは「スターウォーズ」を観て育ったJJエイブラムら次世代スタッフである。

これはnetflixのオリジナルドラマ「ストレンジャーシングス」等と同じ構図。あちらはスピルバーグ、リドリースコット、ジョージAロメロらの作品を観て育ったクリエーターのドラマ。日本でもその手のものが最近は多い。どれも共通するものがある。愛する作品をファンであるスタッフが続きを作る。そのために過去の焼き直しが多くなり、オリジナリティが失われて行く。

悪い言い方をすれば「スターウォーズ」ゴッコ。子供達がライトセーバーのおもちゃを持ち、オリジナルの物語を作り遊ぶ。それに近いものになることが多い。また、ファン出身の監督たちはよく映画の勉強はよくしているが、オタクであることが多く、映画以外の体験が少ない。これは漫画家の本宮ひろ志さんも昔、指摘していた。

「俺たちは河原で木刀持って喧嘩するような子供時代を送っていて、それを漫画にした。が、今の世代はその俺たちが書いた漫画を見て、自分は何も体験せずに漫画を書いてしまう。それでは読者に伝わらない」

が、今の次世代は本当によく勉強をしており、技術も知っていて、結構、面白いドラマを見せてくれる。が、「ストレンジャー」も第3シーズンから息切れ。同様に「スターウォーズ」も次第にパワーが落ちてきた。映画、映画で過ごした青春時代。その知識を駆使して愛する作品の続編を作っても、オリジナルには遥かに敵わないこと。痛感する。

どんなにオリジナルを愛していても「風と共に去りぬ」のファンが続編を書いてもダメ。白土三平の「カムイ伝」の続編をファンが書いても無理なのだ。同じことが「スターウォーズ」に言える。別角度からいうと、今回の物語は机の上で書かれたもの。「驚きの真実」=(旧三部作でのベイダーとルークの関係を踏襲)「感動の結末」「新しいアクションシーン」「伏線の回収」ということをあれこれ机の上で考え、あるいはスタッフとディスカッション。

そんな形で作られたストーリーなのだ。非常にうまく出来ている。が、その種の物語は心に刺さらない。頭で作ったものは頭では理解するが、心に伝わらない。そこには「スターウォーズ」愛はあっても、社会経験の中で感じた痛みや喜びが込められていないように思える。

旧作にはルーカスの思いが込められていたが、新三部作にはそれがない。だから大きな感動が得られない。それをクリアしているのが、同じ次世代の若いスタッフが作る「ゲゲゲの鬼太郎」だ。また詳しく解説する。



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「スターウォーズ =スカイウォーカーの夜明け」初日1回目に観た! [映画感想]

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「スターウォーズ =スカイウォーカーの夜明け」初日1回目に観た!

詳しくは書けない。「えー!」と驚かせられる真実もある。泣けるシーンもある。

でも、期待してはいけない。期待しないで観ても、それなりでしかない。

その理由はまたいずれ。


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『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』と太田隆文監督のこと。by Saven Satow [映画感想]

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太田隆文監督『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』(2019)のこと。

by Saven Satow


「千島の奧も、沖繩も、
八洲の内の、護りなり、
至らん國に、勳しく、
努めよ我が兄、恙無く」。
『蛍の光』4番

 何度民意を示しながらも、安倍晋三政権は沖縄の思いを踏みにじる。なぜ政権がそのような姿勢を続けるのかと言えば、他の46都道府県の世論が沖縄の抱える問題への関心が低いからだ。いくら沖縄を虐げても、支持率に影響がないと官邸は高をくくっている。

 沖縄県は、46都道府県のほとんどと違い、第二次世界大戦において地上戦を経験している。当事者と非当事者の間では関心や知識に差が概してあるものだ。しかし、他と比べて沖縄県がほぼ全土に亘って激しい地上戦が繰り広げられた理由を認識していて、無関心を装うことはできないだろう。それが十分でないため、沖縄戦の実態を知ろうとする認知欲求がわかず、46都道府県の世論が冷淡な傍観者でいる。

 太田隆文監督『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』はこの現状に立ち向かう労作である。2019年12月9日(月)〜10日(火)に完成披露上映会が沖縄県那覇 パレット(県庁前)市民劇場において予定されている。

 太田監督はこれまで5本の物語映画を制作している。『ストロベリーフィールズ』(2006)、『青い青い空』(2010)、『朝日のあたる家』((2013)、『向日葵の丘 1983年夏』(2015)、『明日にかける橋 1989年の想い出』(2018)はすべて商業ベースで、一般の映画館で公開されている。

 主人公はいずれも思春期の少女で、友情や家族愛をテーマにしている。今、ピュアで傷つきやすい青春像を描かせたら、彼の右に出る映画監督はいない。ホラーやSFの要素が入っていたり、ハッピーエンドを迎えなかったりする作品もあるが、あくまで感動ドラマである。その作風は「アメリカの良心」フランク・キャプラーに通じるものがある。

 少女を主人公にした作品と言うと、大林宣彦監督が思い浮かぶ。ただ、大林作品は主人公を盛り立てるように他がキャスティングされている。一方、太田作品は全体のバランスの中で主人公を含め配役が設定されている。そのため、大林監督と比べて、太田監督は群像劇に力を発揮する。少女たちの織り成す人間関係の描写は非常に繊細で、太田作品の主要な魅力の一つである。

 近年の日本映画はすでに話題になった小説や漫画、ドラマを原案・翻案としている作品が多い。これは興行成績が振るわなかったときの言い訳のためである。無名の脚本を採用して当たらなかった場合、その決定者は組織内で責任が追及される。他方、知名度のある原作で失敗した場合、そうした事態は生じない。今の映画界はリスクをとる気概に乏しい。

 ところが、太田作品はすべて監督のオリジナル脚本である。全体を理解した上での撮影・編集なので、意図が不明瞭だったり、整合性が不明だったりするカットがない。また、制作意図が明確だから、俳優やスタッフとの共通理解がうまく形成されやすい。それはショットの構図のよさにも現われている。

 太田作品は大企業が出資することもない地方映画である。予算の制約などの厳しい条件の下で、脚本に惹かれた名優が出演したり、有望な新人が抜擢されていたり、心意気に応じたスタッフが参加したり、市民がボランティア協力してくれたり、監督が一人何役もこなしたりするなどして良質さを確保している。

 特筆すべきは『朝日のあたる家』だろう。これは、3・11を受け、静岡県湖西市を舞台に原発事故に翻弄される家族を描いた作品である。制作自体を反対されたり、映画館がなかなか上映してくれなかったりする困難に直面しながらも、商業ベースの一般公開にこぎつけている。このように太田隆文は気骨のある映画監督である。

 その太田隆文監督の『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』は沖縄戦をめぐる新事実の発掘を意図していない。通常のドキュメンタリーは新事実を提示して世間の関心を深めたり、高めたりしようとする。NHKを代表にテレビのドキュメンタリー番組は豊富な予算と人員、技術、時間を活用して新事実を発掘・検証する。他方、ドキュメンタリー映画制作は、概して、そうした資源に恵まれていない。そのため、小さい世界やよく知られた世界の裏側を扱い、それを観客に問う。しかし、沖縄戦に関して人々の間の認知欲求に格差がある。このような現状では、全体像を把握しないまま、新事実を知っても格差は必ずしも是正されず、知識の断片化にとどまりかねない。この映画は沖縄戦を局所的に撮るのではなく、時系列の編集が示すように、全体的に描いている。

 「知られざる悲しみの記憶」は沖縄戦における人の命の軽さである。戦争ドキュメンタリーは概して新事実を重苦しく突きつける。確かに、そうした事実は深刻で、重い。だが、それは人の命が軽く扱われることで起きる。重苦しい編集はそれが伝わりにくい。

 『ドキュメンタリー沖縄戦』は耳を疑うような凄惨な事実を抑制的に語る。インタビューの際、話の合間に関連映像が挿入される。ドキュメンタリー番組と違い、インタビュー・シーンは長々としておらず、その間のナレーションや効果音も禁欲的である。

 茶の間で見るテレビは音声だけで内容が分かるようにするため、新聞や雑誌などの活字媒体に近い。そのため、押しつけがましくなることもある。また、一般のドキュメンタリー映画は深みや重さを出す効果として無言のシーンを多用する。その言語化し得ない映像が重苦しさを観客に与える。しかし、あまりに陰惨な内容をそのように示しても、それはシニシズムにつながりかねない。

 その抑えた口調に重い事実を引き受けて生きざるをえなかった人の悔いや憤り、哀しさなどが入り混じった複雑な思いがにじむ。住民の命を奪ったのはアメリカ軍だけではない。日本兵も行っている。また、戦争は現実検討能力を奪い、認知行動にゆがみをもたらす。沖縄の住民は大切な人であるから守るのではなく、殺すと追いこまれる。体験者の淡々とした話し方が現実にあったことだと強く実感させる。

 そもそも軍部は本土決戦の捨て石として沖縄を軽く扱っている。また、戦前の皇民化教育もそれを用意している。悲惨な出来事は人の命を手段としてそのように軽く扱うことから生じている。それが知られず、内地の人々と共有されていない。そこに「知られざる悲しみの記憶」があり、今の沖縄にも関連する。『ドキュメンタリー沖縄戦』はこの記憶の共有への願いを人々に語りかけている。
〈了〉



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「アナと雪の女王2」続編を作ってはいけなかったタイプの映画? [映画感想]

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「アナと雪の女王2」続編を作ってはいけない映画の見本?

ヒット作の続編を作るのは本当に難しい。「でも、その物語の続きを描けばいいだけじゃない?」と思う人は「物語」とは何か?が分かっていない。もちろん、堅気の人が物語を作ることはないので、分からないのが当然。それが血を吐き、魂を抉る作業だとはなかなか分からない。

物語というのは、簡単にいうと「事件」。それも単なる犯罪や事故ではダメだ。その事件が主人公の人生に関係し、それを超えることで成長するというのが物語。なのにヒットすればすぐに続編!となるが、物語には続編ができるものと出来ないものがある。

物語が完結していると、パート2は単なる繰り返しになり面白くならない。単に別の事件が起きるというのも「刑事物」以外ではやりづらい。単に続きを紹介するだけでは物語ではない。だからスピルバーグは「ET」の続編を絶対に撮らない。同じ路線の「コクーン」も撮ってはいけないのに撮ったので、最悪の作品だった。すでに完結した物語から無理やり続編を作ると失敗する。

「アナと雪の女王2」も心配だった。前作の湧き踊る感動を超える。いや、並ぶだけでもいい。そんなレベルの作品を作ることができるのか? 僕も脚本家なのであれこれ考えてみた。仲直りしたアナとエルサの物語をどう作るか? 新たな危機があり、2人してそれと戦う? それでは刑事ドラマ。「アナ」はそんなドラマではなく、姉妹が心の葛藤を超えて仲直りする物語だ。

再び誤解があり、事件となり、また仲直り? これも前作の繰り返しだ。そう考えると物語は完結しており、続編の必要がない。というか続編はできないタイプの作品だ。という訳で映画館で見てきた。予想通り。何をしたいのか?分からない展開がつづく、これは作り手に迷いがあるからだ。

単なる新しい冒険にはせず、両親の存在。そしてエルサの意味が明かされるという展開にしたところは上手。というか、それを外してはダメ。だが、そこに前作のようなドキドキ、ハラハラする。ハッピーエンドを望まずにいられない物語がない。単に過去が明かされるのみ。「共感せずにいられない!」という設定がない。やはり、姉妹が仲直りする物語であり、すで完結しているのだ。

今回は単に「エルサ」の設定を物語として紹介しているだけで、本当の意味で物語ではない。そして歌も前回のように心が踊るもの。心がときめくものがない。「ありのままで」の第2弾を狙った歌もあるが、心に届かない。プロデュサーから「あの路線でもう1回」と言われたが、作曲家は「えーーどーしよう?」という感じで頑張りましたが、という感じの曲。

つまり、今回の作品は全てにおいてスタジオ側から「もう一度!」と言われ、スタッフが無理やり作った作品であり、クリエーター達が心から望む物語を作り上げたということではない。もちろん、ディズニーなので、クライマックスは上手に見せる。が、クリエーターの「思い」なき物語は観客の心には届かない。

あと、火炎ガエル(?)。結局、物語には関わらないのね? 「危ない!」という時にエルサを助けると思ったのに...。続編を作ってはいけない物語はこうなる!という見本になっていた。


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日本映画「蜜蜂と遠雷」とても良かった!「フェーム」を彷彿、おすすめ。 [映画感想]

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日本映画「蜜蜂と遠雷」とても良かった!おすすめ。

日本映画界で監督業をしているのに、偉そうに言わせてもらうと、邦画で「見たい!」という作品があまりない。そんな中、予告編を見てちょっと惹かれて見たこの映画。大ヒットだった。一口で言うなら日本版「フェーム」(1980)あのアランパーカー監督の作品のようだ。物語と言うより、まるでドキュメンタリー。

ピアニストのコンクールに4人の天才が挑む。1人の登場人物に視点を絞らず、まさに「フェーム」のように客観でそれぞれの人物を見つめる。まるでヨーロッパ映画を見るようだ。いろんなことを感じた。音楽と映画はとても似ている。それぞれに携わる人たちの思い。そして、天才が努力し、競う世界。僕も毎回、撮影で俳優たちと対峙するたびにそう思う。

俳優は演奏者。役は楽器。だから、キャスティングでは、どの俳優に何を弾いてもらうか?考えるような感じ。「向日葵の丘」ではFさんにはチェロを弾いてもらったが、「明日にかける」ではピッコロでお願いしよう。みたいな感じ。

この映画はピアニストたちが主人公。そして、その俳優陣が凄い。本当にピアノを見事に弾いているし、どうやって撮ったの?と言う感じ。映像も絵で音楽をしっかり表現しているし、監督自身がクラシックをよく知っている。日本の監督は音楽に疎い人が多いのに誰?と思ったら、ポーランドの国立大学で映画を学んだ人。やっぱ違う。ちなみにカメラマンはポーランドの人。だから、映画自体がヨーロッパぽい。

ネタバレになるのであまり書けないが、いろんな意味で素晴らしい。ただ、俳優で1人だけ、役に合ってないし、英語のセリフの意味理解していない人がいて、先の「記憶****」でも全体から浮いていたし、どうしたの?と言う人だけはとても気になったが、あとは皆、素晴らしい。あと、チラシのデザインもダサすぎる。あの映画の魅力が伝わらないが、興味ある方はぜひ!


予告編。本編の良さはあまり感じませんが=>https://youtu.be/b9z6NcS5Wwc


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インド映画なんて本当に見たことなかったが、感動した「ガリーボーイ」=最後に栄光を掴む「ジョーカー」かも?  [映画感想]

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インド映画なんて本当に見たことなかったが、感動した「ガリーボーイ」

ラップ版の「ロッキー」というより、最後に栄光を掴む「ジョーカー」かも? 

インドの貧民街。ラッパーも夢見る主人公の物語。

これはアメリカでも、日本でも成立するドラマ。

どの国でも大人が洗脳され夢を追うことを非現実だと思い込み、若者を踏みつけている。

リバイバルの「さらば青春の光」もダブる。感動作。


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