なぜ、ギャラをもらわなくても映画日記を書き続けるのか? [9月ー2017]
Facebook「友達」ついに3千人を超えたのでご報告。さらに「フォロー」の方が946人もいる。約4千人方が僕の記事を読んでくれているということ。本当にありがたい。
ま、Facebookというのはカラクリがあり、実際にそれだけの人に記事は届いていないのだが、それでも多くの人に読んでもらえる状態ではあるので、申請をくれた方々には感謝。
何度も書くがFacebookをする人は、それぞれ目的がある。僕の場合は映画を応援、支援してくれた方々には進展を。映画好きに人には公開時に観てもらえるように情報を。そして将来映画の仕事をしたい人。或は映画ファンの方々には撮影や編集とはどんなふうに行なうのか? 監督や俳優というのはどういう人たち(?)なのか?を知ってもらうことが目的。
以前はあれこれプライベートな質問、映画に関する議論をしてくる方がいて困った。さらには生活や考え方に関しての指示や批判。あまりに多くて2度ほどFBをお休みしたことがある。友人曰く。
「映画監督がFacebookをやってれば、誰でもあれこれ言いたくなるよ!」
だから、有名監督はTwitterはやってもFacebookはしない。直接、あれこれ言われ嫌な思いをしやすいから。ただ、思うのは、そのためにネットという無料のツールを宣伝に使わなくていいのか? 映画を楽しみにしてくれている多くの関係者だっている。
撮影はどんなだったか? どんな苦労があったか? 映画の舞台はどこか? どんな町なのか? キャストはどんな人たちなのか? 協力してくれた方は記事を読み「へーそうだったのか? がんばってよかった」と思ってくれるし、他の地区の人は「そんな映画があるんだ〜観たいなあ」と思ってくれる。
なのに、なぜ他の監督たちはFacebookやブログを通じて、自作のアピールをしないのか? ある先輩に聞くと
「それは俺の仕事じゃない!」
と言われた。確かにそうだ。配給会社の仕事だ。だが、そのためにはまず配給会社に依頼。宣伝費を払い。スタッフに記事を執筆してもらわなければならない。その上、その人は映画の全貌を知らない。それを伝えるところからスタートせねばならない。
なら映画のスタート地点から参加している監督自身が、日記のように記事をアップすればいい。誰かに書いてもらう必要もない。宣伝になる。なのに、多くの監督はそれをしない。もちろん、先の問題もある。批判や嫌がらせが多い。そして毎日、記事を書き、アップするのはとても大変。さらに監督が個人でやってもギャラはもらえない。そんな予算もない。
でも、個人的にネット発信すれば映画をアピールできる。関係者の奮闘を多くの人に伝えられる。大きな意味があること。多くの映画が宣伝できないために客が来ず、悲しい思いをしているときに、監督が「ギャラが出ないから」「俺の仕事じゃないから」と、何もしないでいいのか?!
町の人たちと。皆で作った映画の存在を伝えたい。多くの人に観てもらいたい。だから毎回、記事を書いて発信。もう4年ほどFacebookを続けている。その「友達」が3000人。フォロアーをいれれば4000人ほど。「この監督の記事が読みたい!」「この映画を応援したい!」と思ったからこそ人数が増えたのだ。嬉しい。応援、感謝。
やることリストー以下をこの2週間ほどでやらねばならない! [9月ー2017]
「明日にかける橋」に出演頂いた宝田明さんの舞台。 [9月ー2017]
東京日本橋にある三越劇場で「宝田明物語」公演。ご招待頂き拝見した。前半は宝田さんの幼少から俳優になり「ゴジラ」出演までの半生を描いた朗読劇。後半は歌と踊りのコンサート。ザッツ・エンタテイメント。宝田さんは主演映画の主題歌を歌う他、ミュージカルでも活躍されているのだ。
今回は特に前半の半生の朗読的が心に残った。満州で子供時代を過ごして終戦。死ぬような思いをして鉄道を乗り継ぎ、歩き、日本に戻ってくるまでを描く。これが戦争。その為の犠牲があまりにも大きい。
その体験を伝えたいという思いが、今回の「明日にかける橋」出演を承諾してくれたことを改めて感じる。宝田さん演じる建設会社の社長は戦中体験があり、なぜ、愚かな戦争が起きたか?を話すシーンがある。
本当に戦争を経験した俳優さんに演じてもらいたくて宝田さんにお願いした。それが北の丸ロケである。あの日の撮影を思い出す。やはり経験者の言葉は重く、胸に突き刺さった。
過労という病。 [9月ー2017]
過労と言うものは分かってはいるけど、毎回苦しい。朝、起きて仕事をしていると、正午には疲労困憊。何もできなくなる。ベッドに横になると、寝てしまい、気付くと夜。そこから少し仕事をして、0時頃にはもう疲れ果てて就寝。子供の体力だ。毎回、経験するから分かるが、それくらに体力が落ち、疲労しているということ。
少し元気になってきたなあ。もう大丈夫と思っても、1日何もできない日がある。人に言ったら「さぼりたいだけじゃない?」とか言われるだけなので言わない。最初は自分でも「根性が足りない!」と思ったが、どうしても作業ができず、メール1通出すのに3日かかったりする。
ある友人には以前「うつ病じゃないですか?」と言われて、心療内科に行ったことがあるが、やはり過労だった。過労というと疲れが酷いやつ...と思われがちだが、まあ、その通りなのだけど疲労困憊の究極はもの凄く苦しい。痛いとかではない。苦しい。
奈落の底に引きずり込まれそうな、もう、地獄に堕ちて行くとはこういうこと?と思えるほど。希望が見なくなり、やる気も、元気もなく。このまま死んで行くのかなあ....と弱気になる。それが1週間寝た程度では直らない。思い病気を患った人が性格が変わったという話を聞くが、それを体感する。
昔、お世話になった人がある病気にかかり、本当に尊敬すべき人だったのが、世の中を斜めに見て人を踏みつけるようなことを言い出した。闘病生活で性格で歪んでしまったのか?体調が悪いと心まで歪んで来る。状況把握ができなくなり、ものごとを斜めに見てしまう。それが性格を変えたと思える背景だろう。
過労を経験するたびに、奈落の底に墜ちて行く感覚。自分では止めることができない。しかし、撮影終了から1ヶ月。仕事は少しずつ進めているが、休養も出来ている。食欲はまだなくて、外出するのが面倒な日もあるので、カップ麺とかつい食べてしまうが少しずつ復活していく。
以前「撮影終わりダウン」と書いて、いろんな反応でひと騒動だったこと [9月ー2017]
Facebookやブログに体調のことを書くといろいろ揉める。例えば「ダウンして寝込んでいる...」と書くと、関係者は「無理したんだー監督、大丈夫かな?」と心配してくれる。でも、ダウンは毎度のことで、黒澤明監督なんて撮影後に必ず入院する。それほど撮影というのは過酷なもので疲労困憊となる。
だが、映画事情を知らない人はこう思うことがある。「撮影くらいで何言ってるんです? まだまだ、やることあるでしょう? 病院にでも行ってさっさと仕事しなさい!」ー実際にそうメールして来た地元の方が何年か前にいた。
その方は、撮影現場の過酷さをご存知なかった。撮影を見には来たが何も手伝わず帰る。だから分からない。そして撮影後に監督がダウンするのは主に過労。1年以上前から睡眠時間を削り仕事をし、そのまま過酷な撮影に突入。それもご存じない。
そして病院に行けという。実際、撮影のあとに寝たきりになったときに病院に行った。「過労」と診断「すぐに直るものではない。数ヶ月仕事を休み療養しなさい! でないと過労死しますよ」と厳しく言われた。病院で治療できるものではなく、休養する以外に手はないのだ。
しかし、ドクターストップがかかったからと、休めるものではなく、すぐに編集作業に突入し、3ヶ月の戦いを始めねばならない。そんなふうに体調のことを書くと必要以上に心配してくれる方と、事情を理解できない方が出て来る。いずれもメールや電話で「大丈夫ですか?病院には行きましたか?」或は「さっさと仕事しなさい。努力が足りませんよ」と伝えてくる。
連絡を無視すると「死んでいるのではないか?」と思われるし、返事するにも体力も気力もない。本当に過労でダウンしていると、メール1本書けないし電話にも出れない。テレビを見る集中力もない。食べることさえ面倒になる。が、サラリーマンの友人はいう。「メールは5分もあれば書けるはずだよ。本当は怠けたいだけだろ?」
友人は倒れるほど仕事をしたことがない。曰く「そこまで会社のためにやる義務はない!」とのことだが正解だろう。それを大手企業や銀行のモーレツ社員はがんばって過労死ということになる。映画業界も同じ。実際に僕の後輩監督は30代の若さで過労死している。昨年も40代の監督が過労で死んだ。僕も医者に行くと毎回「本当に死ぬよ。過労死するよ!休みなさい」と言われる。
そんな事情を理解できる人と出来ない人がいる。そして、どちらの反応も過剰になりがちで、何度も連絡が来て休んでられない事態となる。最近はそんな監督業の現実をちょこちょこ記事に書くことで、多くの方が理解してくれており「生きてますかー?」というメールは来ないし「さっさと仕事しろー!」という無慈悲な連絡もなくなった。
何日も記事をアップしないと本当に死んでいると思われるので、生きていることを知らせるために何日もかけて書いた記事をアップする。と、「監督元気そうだ。長い文章も書けるようだし、先日の件を連絡しよー」となるのもマズい。なので、正直に報告しておく。
現在、寝たり起きたりしながら、撮影のあと処理、あと片付けをしている。そして、年末の地元上映会の計画。が、夕方で体力が尽きたり、昼間中ダウンしていて夜起きて仕事したり。ときどき1日中何もできないこともあるが、そんな形で作業している。入院の必要はない。ただ、この記事を読んで「大丈夫ですかー!」という連絡だけはしないでほしい。その御返事に一番体力と気力が必要なのだ。
編集作業が目前。これは撮影以上に過酷な戦いとなる。そのときは外部との連絡を経ち、集中して作業する。すでに頂いている関係者からの連絡は時間がかかっているが順番に御返事する。お急ぎの方はプロデュサーに連絡してくれてもOKだ。
このFacebook記事は映画ファンや映画監督を目指す若い人も読んでくれている。映画監督という仕事に憧れる人もいるだろう。でも、その実態がどうなのか? なかなかマスコミは伝えない。いい部分。カッコいいところばかりをクローズアップする。しかし、撮影後にダウンして何日も寝たきりとなり、メール返信もできないほど疲労困憊になる職業なのだ。
ただ、素晴らしい作品を作るには全身全霊を賭けるもの。どんな職業でも同じ。カッコいいだけではどんな仕事もできない。そんなことも記事から伝わるとありがたい。
「明日にかける橋」ニュース番組で撮影風景が紹介。本日8日放送! [9月ー2017]
夏の雲。秋の雲。撮影の日々はすでに想い出 [9月ー2017]
「明日にかける橋」撮影中から空はもう秋の雲だった。クランクアップしたとたんに猛暑もストップ。秋の風が吹いていた。暑い夏は撮影の終わりと共に去って行った。
東京に戻り、2週間ほど経つ。あと片付けや今後の準備が続いている。ふと空を見上げると夏の雲。何だか懐かしい。「おーい、どこへ行ってたんだ〜」と声をかけたくなる。
撮影終了からまだ1ヶ月も経っていないのに、あの猛暑の日々がもう何年も前の想い出のように思える。毎日、朝5時に起きて撮影していた仲間たちとも当分会うことはない。皆どうしているのか? すでに次の現場で駈け待っている人もいるだろう。
いつものように燃え尽き症候群になり、夜は必ず撮影をしている夢を見て、住み慣れたアパートがどこか違和感があり、ベトナム戦争から帰還した兵士のように日常に戻れないでいる。
疲労困憊で何日も寝続け、50歳を過ぎて体力がないのに何時間も寝てしまい、疲労がヘドロのように体に付きまとう。撮影を終えた直後はとても元気だったのだけど、ほっとしたことで蓄積された疲労が吹き出して来たのだろう。
電話で人と話す気力さえなく、といってじっくり休養する余裕もなく、ポストプロダクションの準備を続ける。いよいよ編集がスタートする。編集こそ、猛暑の撮影よりも大変で過酷な作業なのだ。体力と気力の限界に挑戦する仕事。
一番近いと思えるのは刀鍛冶だろう。深夜に何日も小屋に籠って刀を鍛える。時代劇でよく出て来るアレ。それが編集作業に一番近いはず。刀に命を吹き込むのと同じ、映画に魂を入れる作業だ。
撮影したフィルムを繋ぐのが編集と思われがちだが、そうではない。それは作家と作品の戦い。魂を削る作業となる。たった1人で挑む魂の戦い。「大袈裟じゃない?」と思うかもしれないが、そんな作業だからこそ、映画を見た人は心が揺さぶられ、人生を変えられることさえあるのだ。
夏の雲を見上げながら、そんな戦いが始まることを痛感する。「おーい、来年また会おうなあ〜」雲が笑顔で手を振るように見えた。
明日にかける橋ー撮影後 燃え尽き症候群と疲労困憊の中 [9月ー2017]
クランクアップして10日ほどが過ぎた。僕はカメラマンと共にその後2日ほど風景撮りを続けたが、それでも1週間が経つ。そして帰京。しかし、未だに毎晩、撮影の夢を見る。こんな感じだ。「監督!俳優が誰もいません。今日は撮影できません!」と演出部に言われて呆然とする夢。大雨で撮影ができず、唖然として宿舎から空を見上げる夢とか、そんなのばかり。
わーーー!と目が覚めて「今日も撮影せねば!」布団を撥ね除けて、宿舎ではなく、自分のアパートであることに気付く。あー撮影...終わったんだ....そんなことが、撮影終了以来10日以上も続いている。
ベトナム戦争から帰った兵士がアメリカの自宅に戻っているのに、戦場の夢を見てうなされるという話を聞くが、それに近いものだろう。強烈な体験というのは、それが過ぎ去っても記憶や心に残り、その恐怖や緊張感が続いてしまうのだろう。
そして、住み慣れた部屋が自分の部屋ではないように思えて、町も道は知っているけど何かヘン?というもの凄い違和感を持ってしまう。こんなところでコンビニで買い物をしていていいのか?という気持ちなったり(撮影は終わっているのに)何か空虚な気持ちになり、自分は何をしているんだろう?と考えたり。これらも撮影の後遺症だろう。いわゆる燃え尽き症候群。毎回、そこから抜け出すまでに月日が必要。
そして疲労困憊。毎回、撮影前に医者に行くと「過労死するから休みなさい!」と言われるので、最近は行かない。が、撮影直後は立っているのも精一杯。帰京して数日は寝続けたが、さすが後片付けや連絡報告があるので行動を開始した。まずは渋谷に行き、あと処理。
ただ、見慣れた渋谷の町もどこか違和感を感じるのだがーPと後片付け&反省会。スタッフが立て替えた制作費の清算もスタート。同時に年末の地元上映会の段取り。チラシ&ポスターのデザイン。来年の東京公開。宣伝方針。今月末のスタッフへのギャラ支払いの準備。いろんなことが同時進行。
しかし、未だ疲労困憊なのに朝は撮影時と同じに午前5時に目が覚める。そのくせ、撮影時は午前2時3時に寝ていたのに、昼過ぎに横になると眠ってしまったり、早い時間にダウンしたり。編集作業も準備を始めた。編集は3ヶ月に及ぶ戦い。いつまでも倒れてはいられない。ここからが撮影以上の精神力の死闘が始まる。
明日にかける橋ー撮影日記 東京のネオン?! [9月ー2017]
明日にかける橋ー撮影の想い出 マグカップとグラス [9月ー2017]
宿舎には多くの飲み物が差し入れが届いた。それを飲みスタッフは猛暑を乗り切った。ビールだけでなく、ジュース、コーヒー。御茶と、いろいろ頂いた。
それを飲むときに紙コツプが用意されていた。が、2週間の長丁場。1回限りで捨てる紙カップは不経済。そして複数回使うには紙なのですぐ破れてしまう。そこで100円ショップに行ったときに写真の2つを買って来た。
ジュースを飲むようのプラスティック・グラス。熱いコーヒーを飲むようのマグカップ。両方とも100円。これを使えば紙コップを使う必要はない。少しでも節約。間違わないように両方に名前を書いた。
これを2週間使った。毎朝のコーヒー。夜のビール。ウーロン茶。100円の安物なので捨てて帰ってもいいか?と思ったが、厳しい撮影を乗り切る日々を共に過ごしたカップたち。捨てられなくて持って帰って来た。
旅行に行けば何か記念のお土産を買うが、撮影の想い出の品というのはなかなかない。シナリオくらいか? 意外に記念品というのがない。ま、仕事なんだけど。けど、厳しい撮影を乗り切った記念が何かほしい。と、考えていたら、これが今回の想い出の品であることに気付く。大切にしたい。
撮影が終わったとたんに、空はもう秋の雲 [9月ー2017]
帰京して数日、ダウン。眠り続けた。時々、起きて部屋にあるものを食べる。買い物に行く元気はない。飲んで食べたらまた寝る。
毎回のことだが、撮影直前にはもう疲労困憊となる。1年以上前から1人で5−7人分の仕事をするからだ。それを人を雇い、通常の人件費を払っていたら、映画製作の通常予算ー7千万から1億円近くーになってしまう。だから、休みなしで何人分も働く。製作費の倍、3倍の中味ある作品にしたいからだ。5千万の予算を普通に使えば5千万の映画にしかならないが、1人が2倍がんばれば1億円の内容の作品にすることができる。
でも、そんなことをしていると、いつ倒れてもおかしくない状態になる。今回は撮影の数週間前でそうなっていた。子供の頃から下痢なんてほとんどしなかったが、今回は1週間ほど下痢が止まらず、立っているのが精一杯という時期もあった。そんな日に限って朝から5人と会い打ち合わせ。疲れた顔をして心配もかけられない。1日が終わると、自分でもよくもったと思えるほどだった。ストレス性の下痢だったと思えるが、食欲がまるでなくなり、一気にダイエット?
そんなことがあって、猛暑の撮影がスタート。朝5時起き、終了は0時前。そんな日々が2週間続く。苦労話をしたいのではない。それが監督業なのだ。そして製作費が十分になかったからとか、撮影日数が足りなかったからとか、睡眠時間が取れなかったから....という理由で「いい映画が出来なかった」と言ってはいけない仕事なのだ。
どんな状態で、どんな状況で、どんな体調で撮影をしても、それなり以上のものを作るのが映画監督の責任。この記事は映画業界に憧れる人も多く読んでくれているので、まずそのことを書いておきたい。ただ、面白い現実もある。製作費が豊富にあり、撮影期間も十分、体調も最高で映画を撮影すれば、最高の映画ができるか?というと、そうとは限らない。ハリウッド映画を見れば分かるが、超大作で、製作費1000億円、撮影期間6ヶ月という作品でも大失敗作は多い。
それに対して低予算で作られたアメリカン・ニューシネマには傑作が多い。日本でも低予算のATG映画には名作がたくさんある。どういうことか? つまり、映画は最高の環境だから最高の作品ができるとは限らないということ。もちろん、製作費のかかる大型戦争映画を撮るのに、あまりもの低予算では無理だが、予算+撮影期間+体調=作品の出来とはならないことが多い。
スピルバーグは何百億円もかけた「未知との遭遇」や「1941」より、通常作品並みの「ET」がメガヒットしている。その意味で今回はいろんな面で厳しいものはあったが、これまでで一番評価される作品になりそうな気がしている。映画とは不思議なもので、大変な状況で名作が誕生することがある。今回はそれであるような気がしている。早く復活して編集にかかりたい。季節は暑い夏が終わり、秋がもうそこまで来ているようだ。
明日にかける橋ー情報 冨田佳輔くん。大河ドラマ「直虎」に出演! [9月ー2017]
昨日の放送分から「明日にかける橋」に出てくれた冨田君が出演している。彼は浜松で撮影した「青い青い空」にも出てくれていて、いつかまたお願いしようと思っていた期待の若手。
今回もかなりがんばってくれた。その彼が浜松が舞台の大河ドラマに出演。何だか縁を感じる。下写真。僕が監督した「青い青い空」の1コマ。一番左端が冨田君だ。
来週の日曜日の放送ではかなり出番が多いらしい。楽しみだ。それと「青い青い空」は全国のTSUTAYAでレンタル中。そちらもぜひ観てほしい。「明日にかける橋」に出てくれた草刈麻有さんも出演している(写真右から2番目)