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俳優業はXmenであることが大事=映画「Xmen」見ないとと分らない話? [映画業界物語]


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俳優業はXmenであることが大事=映画「Xmen」見ないとと分らない話?

先日のワークショップは本当に素敵な面々が集まり、彼ら彼女らの芝居を見ているだけで楽しかった。これは言い換えると映画「Xmen」のミュータント学校で生徒たちの活動を見つめるプロフェッサーの気持ちではないか?と考えてたりする(映画見てない人はゴメン)。皆、自身の持つ能力を駆使して、その役を演じるのは、Xmenで超能力を自由に使えるように努力する生徒たちの姿とダブる。

これまでの映画やドラマでは超能力を持つ者は優れていて、一般人よりも上の存在というような描かれ方をしていた。「スーパーマン」しかり、「スパイダーマン」しかり。だが、「Xmen」の超能力者たちはその能力を制御できず、一般社会にいると周りに迷惑をかける。本人がいたたまれないという苦悩を抱えている。この構図も俳優のみならず、表現の仕事をする者たちも抱えるものである。

例えば、作家の友人は夕方に起きて朝まで原稿を書く。彼は学生時代からそんな生活パターン。だから、朝起きて会社に行くなんてできない。学校も休みがちだった。が、夜に実力を発揮する。それを理解しない親や周りの人たちが昔から「不健康だ」「おかしい」と批判していたという。なぜ、人々は平均的な日本人。サラリーマン的な生活を他人に強要するのか?夜作業して誰かが迷惑するのか?

夜になると強くなる超能力者のドラマは思いつかないが、彼はそういうタイプ。おまけに彼は人と話すが苦手。自分の気持ちを伝えられない。面と向かうと緊張して言葉が出なくなる。だが、それを文章にすると素晴らしい表現になる。そこが彼の秀でた能力。だから、小説家になった。が、そこまでに世間は彼に手酷い扱いをしている。うまく喋れないことで誤解され、病気だと中傷。障害者のセミナーに行けと言われたり、就職しても失敗の連続。

一般社会で生きるための能力には極めて欠けるが、文章で何かを表現するという能力は秀でている。まさにXmenの一員だと思える。分かりやすくいうと画家の山下清もそんな存在だろう。表現者の多くはそんな存在であることが多い。俳優でも台詞を渡せば、流暢に感動的な物語を語るが、自分の言葉では伝えることができない。人前に出るのが苦手。誤解されやすい。そんなタイプの人は多い。また、そんな人ほど名優と呼ばれる。

そう考えると、一般社会で、学校で、会社で大きな問題を起こすことなく、成績はそこそこでも、そのルールの中で支障なく生きていける人は表現者になれない。なる必要がないということなのだろう。それが間違って「女優になって、有名になりたい」と勘違いして、芸能界を夢見る若者もいるが、俳優は努力してなる者ではなく、その種の不適合者であることが、素質であり、条件となるような気がする。やはり、表現者=俳優の仕事はXmenの世界なのだろう。


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早田 快人

Xmen・・・なるほど、です。
奇しくも、私が初めて演技を教わった先生は
”異形の人” と仰ってました。

一般の人には見えないものが見えてしまったり、
感じ取れないことを感じてしまったり・・・

普通の生活を送る上では、ほとんど邪魔にしかならない感覚に
悩む。そんな人が多いと思います。そうでなければ務まらない
わけですけど。

実際には存在しないものを存在するかのように感じる繊細さ、
敏感さを演技では要求されますが、これは一般生活では苦痛の種になりかねません。

ありきたり、では務まらない世界。
でも、その世界で生きること(演じること)が出来た時、
そこには大きな喜び、カタルシスがあります!
by 早田 快人 (2019-11-27 02:25) 

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