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「スターウォーズ」最終章は、心が震えなかった。その理由を考える? [映画感想]

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「スターウォーズ」最終章は、心が震えなかった。その理由を考える?

(ネタバレはないけど、観てから読んで欲しい)

まだ、昨日が封切り日なので観ていない人たちが多。詳しい感想を書くことでネタバレになるのは避け、違った角度での感想を書かせてもらう。今回の新三部作にルーカスは関わっていない。会社ごと権利を買い取ったディズニーが制作する新作。作るのは「スターウォーズ」を観て育ったJJエイブラムら次世代スタッフである。

これはnetflixのオリジナルドラマ「ストレンジャーシングス」等と同じ構図。あちらはスピルバーグ、リドリースコット、ジョージAロメロらの作品を観て育ったクリエーターのドラマ。日本でもその手のものが最近は多い。どれも共通するものがある。愛する作品をファンであるスタッフが続きを作る。そのために過去の焼き直しが多くなり、オリジナリティが失われて行く。

悪い言い方をすれば「スターウォーズ」ゴッコ。子供達がライトセーバーのおもちゃを持ち、オリジナルの物語を作り遊ぶ。それに近いものになることが多い。また、ファン出身の監督たちはよく映画の勉強はよくしているが、オタクであることが多く、映画以外の体験が少ない。これは漫画家の本宮ひろ志さんも昔、指摘していた。

「俺たちは河原で木刀持って喧嘩するような子供時代を送っていて、それを漫画にした。が、今の世代はその俺たちが書いた漫画を見て、自分は何も体験せずに漫画を書いてしまう。それでは読者に伝わらない」

が、今の次世代は本当によく勉強をしており、技術も知っていて、結構、面白いドラマを見せてくれる。が、「ストレンジャー」も第3シーズンから息切れ。同様に「スターウォーズ」も次第にパワーが落ちてきた。映画、映画で過ごした青春時代。その知識を駆使して愛する作品の続編を作っても、オリジナルには遥かに敵わないこと。痛感する。

どんなにオリジナルを愛していても「風と共に去りぬ」のファンが続編を書いてもダメ。白土三平の「カムイ伝」の続編をファンが書いても無理なのだ。同じことが「スターウォーズ」に言える。別角度からいうと、今回の物語は机の上で書かれたもの。「驚きの真実」=(旧三部作でのベイダーとルークの関係を踏襲)「感動の結末」「新しいアクションシーン」「伏線の回収」ということをあれこれ机の上で考え、あるいはスタッフとディスカッション。

そんな形で作られたストーリーなのだ。非常にうまく出来ている。が、その種の物語は心に刺さらない。頭で作ったものは頭では理解するが、心に伝わらない。そこには「スターウォーズ」愛はあっても、社会経験の中で感じた痛みや喜びが込められていないように思える。

旧作にはルーカスの思いが込められていたが、新三部作にはそれがない。だから大きな感動が得られない。それをクリアしているのが、同じ次世代の若いスタッフが作る「ゲゲゲの鬼太郎」だ。また詳しく解説する。



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