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「明日にかける橋」静岡公開ー舞台挨拶 鈴木杏X太田隆文監督(動画) [動画]



「明日にかける橋」静岡公開ー舞台挨拶 鈴木杏X太田隆文監督

2018年9月1日 ららぽーと磐田 TOHOシネマズ。「明日にかける橋 1989年の想い出」主演の鈴木杏さんと太田隆文監督の舞台挨拶。静岡県が舞台の感動物語。主人公がタイムスリップ。1989年に飛び、交通事故死した弟を助けるストーリー。


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表現の仕事は憧れだけではできない。「命がけでやる!」という思いがある者だけが成功する世界⑤ー最終回 [映画業界物語]

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前回までをまとめてみよう。俳優、歌手、小説家、映画監督等のアーティスティックな仕事を夢見ながら潰れていく人たち。とりあえず2種類に分別される。

①演技をしたい。歌を歌いたい。映画を作りたい。小説を書きたいではなく、有名になりたい。金持ちになりたい。チヤホヤされたいというのが目的の人たち。

この人たちは専門学校や大学の芸術学部に行っても、まじめに授業を受けるだけで、自分なりの表現をしようとはしない。芝居をしない。映画を作らない。小説を書かない。そしてアルバイトをしながら、夢を追っているというタイプも同じ。バイトを優先して、自分なりの表現というものをしない。映画を見る。芝居に行く。小説を読むということはよくするが、自分が何かをするということはしない。要はその種の仕事に憧れているだけで、表現をしたいものがある訳ではない。

②真剣に表現者になることを夢見ているが、教育で刷り込まれた価値観から逃れれらない人たち。

この種の人たちは哀れだ。10年間の教育。与えられたことをいかに確実にするか?ということだけをしてきたので、与えられないことはできない。考える力がない。学校教育の中で、学校は休んではいけないというルールと習慣は、会社員になっても受け継がれる。アルバイトをしても同じ。休むと店に迷惑をかける。同僚に負担をかける。そんな意識が働くので、自分の夢より、そちらを優先してしまう。

だからチャンスが来ても掴むことができない。チャンスが目の前を通り過ぎていることに気づかない。生活を支えるアルバイトや友達を優先してしまう。「友達との約束があるからオーディションに行けない」なんて言い出す。自分にとって一番大切なものは何か?が分かっていない。毎日、顔を合わせている人や職場での付き合いを大切にする。それを乱したくない。学校教育の賜物。優秀なサラリーマンを育てる教育。それが骨の随まで沁みている。「夢を追う」ことは「ワガママ」とさえ思えて自分の可能性を潰してしまう。

が、このタイプは「本気」なのに教育に「価値観」を曲げられてしまいー大切なものの順位を把握できていない場合。夢を追うというのは本気ではないという場合もあるだろう。業界では出会いを大切にして、自分をアピールして、日頃から実力をつけ、小さなチャンスをつなげて大きなチャンスを掴む世界。

それに気づかないから、バイトや友達を優先してしまう。目の前のチャンスを見逃す。チャンスをもらっても自らパスしてしまう。もし、その人にアーティストとしての素質があったとしても、それが分からなければ展開することはできない。

そんな2通りの若い人たちをたくさん、たくさん見て来た。そこそこ素質があるのに、つまらないことでチャンスを失ったり、潰れていったりした子を山ほど見てきた。そんな人たちはこういう「現実は厳しい。しょせん、夢は夢なんだ...」と。でも、それは違う。努力をせず。刷り込まれた世間一般の価値観に呪縛され支配され、本当に大切なことは何か?が分からない。現実が厳しいのではない。その現実の中でどう努力するか?が分からず。何もしないで耐えているだけなので、夢破れるのである。

今回の映画でもこの世界で活躍する第1線の俳優やスタッフらと仕事をさせてもらった。やはり、すごい。常日頃からの努力。考え方。役に対するアプローチ。人生を賭けている。芝居より大切なものはない。その覚悟。体を壊しても、精神的にボロボロになっても表現をやめない。その姿を見ていると、バイトを優先し、同僚に気遣いする彼ら彼女らは、ご近所の顔色を見ながら、皆に迷惑かけずに生活している普通の人々だと思える。それが悪いわけではない。善良な市民の生き方。でも、それはアーティストではない。

例え、周りに人々に批判され、多少の迷惑をかけてでも、表現することを止められない、そんな人たちがアーティストになりえる。もっというと別の側面もあるのだが、長くなるのでこの章はそんな表現で止めておく。芝居をせずにはいられない。映画を作らずには生きていけない。歌が、楽器がなければ生活できない。小説を書くことだけが人生だ。という人たちがプロになる。

憧れるだけの人。日常の価値観から逃れられない人にはそれは難しい。つまり、演技をせねば生きていけない人は、芝居のためにものすごい努力をする。憧れている人はそこまでしない。習慣に縛られている人はまず、身の周りや会社のことを考え、そのために時間を使う。だから、表現に使う時間が圧倒的に違うのだ。才能があるから素晴らしい仕事ができるのではなく、圧倒的な時間と年月を表現に捧げているから、素晴らしい仕事ができるのだ。その違いが憧れているだけの人たちには分からない。

そんなことを今回も感じた。なかなか理解しづらい話かもしれないが、それらの話が今、夢追う若い人たち。芸能界、映画界に憧れる人たちの参考になればうれしい....。


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