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映画「明日にかける橋 1989年の想い出」新ロビーカード紹介⑭ジュリアナ遠州?の場面。 [6月ー2018]

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あの頃流行ったジュリアナ東京。そんな地方版のお店に来てしまったみゆきとアヤカ。扇子片手に踊り狂う美女たち。そこに、あの人が....さあ、何が起こるのか?

6月30日(土)〜東京先行公開 有楽町スバル座

8月大阪ーテアトル梅田。

鈴木杏 板尾創路 田中美里 越後はる香 藤田朋子 宝田明

平成元年にタイムスリップ。今年いちばん泣ける映画

予告篇=>https://youtu.be/i25nExjEbws



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時代からズレてしまった人々。その背景にあるもの?② [my opinion]

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時代からズレてしまった人々。その背景にあるもの?②

若い頃は流行の先端にいて、いつも音楽や映画。人気のテレビ番組を教えてくれた友人。40代になった頃から普通のおじさんになってしまった。彼はいう「鈍くなったんじゃない。流行に関心がなくなったんだ!」とはいいながら、歳を取ることで感受性が鈍くなり、新しい波をキャッチする感性のアンテナが錆びてしまったのだ。人のことを言えない。僕自身もそれを実感することが多い。

サラリーマンなら、今どきの流行やブームを知らなくても大きな問題にはならないが、映画やドラマの仕事をしている者には致命的だ。もちろん、流行を追う必要はない。が、世の中の動きや志向性を把握しないで作品作りをしても、ヒットする作品作りはできない。

別の言い方をすれば、帆船で航行しているのに、「風向きは関係ない」というようなものだ。風の吹く方向に行く必要はないが、風向きを知らずに航海することはできない。目的地にたどり着くことはむずかしい。趣味の世界ならそれでもいいが、仕事として作品を作るなら、作家でも、作詞家でも、脚本家でも、監督でも、音楽家でも、プロデュサーでも時代の風向きを感じる力が要求される。が、それが年齢と共に劣化。時代からズレてしまう。

業界の友人。彼は頭がよくセンスがいい。昔から困ったことがあると相談していた。毎回「なるほど!」という意見を聞かせてくれ、納得できる答えをくれた。ところが、ここ5年くらい。おかしい。相談しても首を捻る意見。アドバイスされることも納得できない。それだけではない。彼の仕事を見てもなぜ、この時代にそんな作品を書くのか?と思えるものが増えた。もちろん、作家は自分が書きたいものを書くべきだ。なのだが、誰が読むの?という感じ。時代からズレているということなのだろう。

若い頃。映画ファンだった時代。日本の映画会社が企画する多くの作品。時代錯誤と思えた。今の時代になぜ? タイトルだけで見たくない。素人だった僕は身の程知らずにもそんなことを感じていた。ま、僕だけではなく、同世代の映画ファンの多くはそう思っており、日本映画を観る者は極々一部で、多くはアメリカ映画を見ていた。のちに、時代錯誤の映画を企画していた人たちと仕事をすることがあった。やはり、ズレている。と痛感。洋高邦低と言われた時代を思い出させた。

しかし、彼らは決して悪人ではない。個人的な利益のみを求めた訳でもない。「いい映画を作ろう! ヒットする映画を作ろう!」と努力していた。が、結果として真逆のことにエネルギーを費やしていた。その背景が時代とズレていたということ。西風が吹けば、船は東に進む。なのに「今の時代は南だ!」という作品を作るので、船が前に進まない。つまり、世間に受け入れ辛い作品が出来上がる。

映画は芸術ではあるが、娯楽でもある。何より商売だ。多くの人が見たいと思う作品を作ることで、ヒットし、儲かり、映画会社は存続できる。マニアックな芸術派の映画監督が時代と逆行する作品を作るのはまだ分かるが、利益を求める会社が人々が求めない作品を作ってどうするのか? もう1歩進めていうなら、商業主義でない映画を作る作家であっても、時代の流れを知った上で作るのと、それを勘違いして作るのでは全然違う。

何より怖いのはズレていることに一番気付かないのは本人ということ。皆「俺は昔から変わらない!」「今の時代はこれだ!」と胸を張っていることが多い。それどころかまわりの人たちにも、自分の考えを押しつけ、時代の先端を走る人を「あれじゃダメなんだよな」と批判すること。これは作品作りだけでなく、商売でも同じだろう。製薬メーカーは世間が必要とする薬を作るし、自動車メーカーは人々が欲しがる車を作る。人々が必要とするのは、今の時代に合った価値観ある製品だ。映画もドラマも音楽も、それと同じ。

あれほどヒット作を連発して監督が、あるときから「アレ?」という作品を作り出す。同一人物とは思えない映画を監督する。それも時代からズレてしまったのが背景だと思える。泣ける。笑える。感動できる。怖い。どきどきする。涙が零れる。それらは時代の反映。昔の喜劇を見ても笑えないものがある。古い映画は感動できないことがある。もちろん、時代を超越した作品もあるが、多くは時代が反映されたものを多くの観客は支持する。

長々と書いたが、そんな「アレ?」と感じることが、ここ数年何度もあった。映画人だけではない。お世話になっている人。昔から鋭い友人。尊敬する先輩。これまで助けられた人たちなだけにショックを受けた。アドバイスが無意味。時代と逆行している。悪意がある訳ではない。つまり、ズレているのだ。ただ、もしかしたら、僕の方がズレてしまっているのかも? 正解かは分からないが、もし、これまで鋭いアドバイスをくれた人たちがズレてしまったとしたら...。理由を考える。

ひとつは加齢。皆、どんどん歳を取り、感性が鈍くなる。もう一つは時代のスピード。これまでになく速度を上げているということ。今までの価値観では対応できない時代に突入しつつあるということではないか? 世界を見ていても、ここしばらくなかった激変が続いている。トランプ大統領の登場。北朝鮮問題。ロシアの動向。ヨーロッパの状態。これまでのルールや価値観では前に進まない時代が訪れたと思える。

何より日本社会がそうだ。戦争をしない国が「戦争ができる国」になり、ブラック企業で死ぬまで働かされ、終身雇用どころか、正社員になれない社会。にも関わらず世の母親たちは、我が子に高学歴を求め、安定した生活を考え、受験戦争に今も送り込もうとしている。多くの子供たちは時代の変化を感じながらも、与えられたことをこなし、ゲーム機やスマホで現実逃避している。これもやはり時代からズレているということだ。

今、時代はどこへ行こうとしているのか? 価値観はどう変わって行くのか? つまり、金持ちになることが幸せという価値観はまだまだ続くのか? 家族との時間も持てず、深夜まで働くお父さんはまだ「それが家族のため」と信じて仕事しているのか? 様々なあり方が大きく変わろうとしているように思える。大切なことな何か? 古い価値観に縛られるのではなく、時代からズレた賢人たちのアドバイスに従うのでもなく、感性のアンテナを錆びないようにして、時代の流れを、時代の行く先を自分自身で感じることだと思える。では、そのために必要なことは何か? 答えを探し続ける。


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時代からズレてしまった人々。その背景にあるもの? [my opinion]

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時代からズレてしまった人々。その背景にあるもの?

10代の頃。「大人ってバカだなあ〜」と思っていた。しかし、大人の方がいろんな経験値があり、長年の教育を受け、社会に出て仕事をしている。そんな人たちの何がバカ?だと思ったのだろう? よくよく考えてみると、知識がないとか、計算が遅いとか、漢字が読めないということではなく、時代からズレていることを呆れていたのだと思える。若いので感覚的に捉えていたが、バカだと思えた大人たちは古い価値観を振り回す。無意味なことに拘る。肩書きに振り回される。てなことだったのだろう。

それは映画界で仕事をするようになってから、再度感じることになった。すでにハイビジョン時代にが到来していたにも関わらず、ベテランスタッフたちはフィルム時代の価値観や方法論こそが「映画作りだ!」と言い張り、無意味なことにこだわり、それを押し付けて来た。だが、それから12年。最近では僕が撮影隊の最年長であることが多く、ベテランは皆、引退したのでそんなケースはほとんどなくなったが、そんな先輩たちの下で長年仕事をしていた奴は、古い価値観を振り回すことがある。

坂本龍馬の有名なエピソードを思い出す。ある人が龍馬に会ったときに「これからは短刀の時代じゃ」といい長い刀を持ち歩かないと言われた。襲われたときにも長い刀では対抗できないという。その人は納得。次に龍馬に会ったときに「私も短刀にしました」というと「これからはこれぜよ!」とピストルを見せられた。そこでピストルを買い求め龍馬に見せに行くと、龍馬は「新しい時代はこれじゃ!」と本を見せられたという。武力ではなく知識が大切というのだ。事実かどうかは別にして、時代の価値観がどんどん変わって行くということ。それに対応しないと生き残れないということを伝えるエピソーだ。

同じように、映画界では過去の歴史であるフィルム時代のルールや方法論を振り回すベテランスタッフがいた。「お前は分かっていない。そんな映画の撮り方は間違っている!」とよく怒られたものだ。が、今はもう誰も、そんな古い方法論で撮影をしていない。同じく、10代の頃に出会った大人たちも、社会の古いルールを振り回して「一流大学へ行けば一生安泰」「だから、しっかり勉強しろ」「遊んでいたら将来苦労する」「大手の会社員になれば安定した生活を送れる」とか言っていたが、そんな価値観は21世紀に入り次々に崩壊している。

彼らが若い頃に教わったルール。或はその時代の価値観。それを大事にして成長し、大人になる。でも、時代は変わり、もはや機能しない。意味のないものになってしまう。にも関わらず次の世代にも教えようとする。それが大人の責任であり、子供たちが幸せになる道だと思い込んでいる。その上、歳を取り、頭が固くなり、時代が変わったことに気付かない。感性が錆び付いている。だから気付かない。

それを感受性の鋭い若い人が見ると「ズレてる」と感じる。古い時代のルールは知らないが、大人たちの振り回す方法論や価値観は、現代をビビットに感じている若者たちは疑問に感じてしまう。そういえば10代の頃。最新の流行に敏感だった友人も、40代を過ぎ。「今、何が流行っているのか?」が分からないという。「歳のせいだよ」というと「違う。流行を追うのに興味がなくなっただけだ」というが、感性が老化し、新しいものを受け入れる柔軟性をなくしてしまったのだ。

偉そうなことは言えない。昔は大人からあれこれ批判ばかりされていて、無茶な生き方をしていた僕も、感性は確実に老化しているに違いない。「この若い奴ダメだなあ…」と思っても、実は彼こそが正解で、僕がズレているのかもしれない。同じことを友人にいうと「いや俺たちが正しい。最近の若い奴が軟弱なんだよ!」という。しかし、同じことを僕らの上の世代も言っていた。歳を取るというのは新しい時代の波を感じる力を失って行くということ。知らず知らずに古い価値観に支配されるということなのだ。

昔は尊敬すべき先輩だった人も、数年前からズレ始めた。言ってることがおかしい。相談をしても昔のような鋭い意見を言ってくれない。それは違うんじゃないかな….と思える。先輩がボケてしまったのか?僕の方がズレてしまったのか? 分からないが、そんな友人や先輩たちを見ているのは辛いものだ。

今、時代は昔以上に早い速度で変わりつつある。これからの10年はかなりな激変があると思える。世界情勢を見るにつけ、政治状況を見るにつけ、過去の価値観や体制がどんどん崩壊している。その中で何を主張し、掲げるべきなのか? 探して行くこと。そんな新しい時代を生き抜くことのむずかしさ。ひしひしと感じている。


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「明日にかける橋」30秒スポットCタイプを配信中! [予告編]




映画「明日にかける橋 1989年の想い出」

6月30日(土)〜東京先行公開 有楽町スバル座
8月大阪ーテアトル梅田。

鈴木杏 板尾創路 田中美里 越後はる香 藤田朋子 宝田明
平成元年にタイムスリップ。今年いちばん泣ける映画


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「どんなに悲しい現実でも、考えて、みんなでがんばれば、未来を変えることができる」 そんなテーマの映画です。 [5月ー2018]

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「どんなに悲しい現実でも、考えて、みんなでがんばれば、未来を変えることができる」

そんなテーマの映画です。

6月30日(土)から有楽町スバル座で東京先行公開!

「明日にかける橋 1989年の想い出」


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