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クリエーターは理解されてはいけない。理解されないから作品を作ることができる? [映画業界物語]

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クリエーターは理解されてはいけない。理解されないから作品を作ることができる?

人は「理解されたい」という欲求がある。自分を理解してくれる人がいると嬉しい。理解されないと寂しい。という思いはそこから来ている。

一番身近にいる両親に理解されないことで不良になる。その思いが満たされないことが原因だろう。だから、喧嘩したり、暴れたり、万引きしたりして注目を集め、認められようとする。芸術を志すのも実はそんな反動の一つだろう。理解されたくて絵を描く、歌を歌う。小説を書く。同様の行為だ。

僕も多分、同類。昔から人に理解されない。小学生の頃はクラスの人気者で友達もたくさんいたので、認知欲求は満たされていたのだろうが、理解されることがあまりなかった。「あいつは変わっている」と言われた。漫画ばかり読んでいるとか、おかしなものを集めるとか、変わった趣味もない。

中学、高校になっても同じで、上京したら「関西の人は変わっている」と言われ、留学すると「日本人は変わっている」と言われた。関西も、日本も関係ない。要は理解できないということだ。その変人度は国際級ということ。これは自慢できるかもしれない。映画界は変人の集まりだった。でも、そこでも「変わっている」と言われた。アル中でもない。ギャンブル狂でもない。極度の女好きでもない。時間は守るし、犯罪にも手を染めない。が「変わっている」と言われる。

ある時、何度かお仕事をした先輩スタッフ。技術系。信頼できる人で、僕を理解してくれるので応援してくれていると思えていた。が、監督デビューを目指し、相談した時に言われた。

「要は、何でもいいから1本撮ってしまえばいい!と思ってんだろ?」

と。信じられなかった。その言葉を解析すると「何でもいいから」=「こだわりなくどんな映画でもいい」「撮ってしまえばいい」=「監督デビューすれば、こっちのものだ!」という意味だろう。

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僕には強いこだわりがある。観客が感動する。涙する。ドキドキハラハラするのが映画。それを作るために監督になりたい。だから「監督になれれば何でもいい。どんな映画でも撮れればいい」という思いは全くない。もちろん、そんな輩もいる。「監督と呼ばれたい」「尊敬されたい」「何でもいいから監督になりたい」要はある種の大学生が「どこでもいいから一流企業に就職したい」と考えるのと同じ。個人的に最も軽蔑するタイプ。

先輩は僕の思いを理解して応援してくれていると思っていたが、作品にこだわるより肩書きが欲しいだけの若い奴らと同じに思われていたのだ。かなり落胆したが、もうかなり昔の話。人はなかなか理解してくれないことをまた痛感した。

最近は自身が理解されなくてもいい。作品が支持されればそれでいいと考える。これがもし、身近な人たちに理解され、ハッピーなら映画を撮る必要はないのだろう。理解されないからこそ作品を作る。それがクリエーターの原動力になっている。俳優も、作家も、歌手も同様なのだ。



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