俳優になりたい!という若者。表現者(芸術家)とは何なのか考えた(下)ゲゲゲの鬼太郎でいう妖怪と人間? [映画業界物語]
俳優になりたい!という若者。表現者(芸術家)とは何なのか考えた(下)
ゲゲゲの鬼太郎でいう妖怪と人間?
もともと違うのではないか?ということ。なぜか「ゲゲゲの鬼太郎」を観ていると感じるのだが、表現者というのは妖怪であり、人間ではない。鬼太郎はいう「妖怪と人間は仲良くしてはいけない」その言葉を痛感すること多々ある。
一般の人たちと接していると、最初は映画監督(妖怪?)を珍しがって、チヤホヤしてくれる。が、次第に人間(一般の)ルールを押し付けて来て、あーだ。こーだと言い始める人が出てくる。それを受け入れないと
「失望した」「裏切られた」「酷い」
と言って中傷。鬼太郎の物語と同じ。泥田坊のエピソードでも、悪いのは人間なのに、工事業者は鬼太郎に「退治しろ!」と強制する。それに似たようなことが起きる。
やはり鬼太郎は人間が困ったときだけに登場して、悪い妖怪を退治したらさっさとゲゲゲの森に帰るべきなのだろう。その後も町の人たちと交流したり、ときどき訪ねたりしてはいけないという思いを抱かせるエピソードがある。
映画人だけでなく、表現者というのも同じではないか?と思える。誤解される。理解されない。ただ、妖怪にも、ねずみ男のような半妖怪もいる。猫娘のように限りなく人間に近い妖怪。人間にも妖怪を理解しようとするマナちゃんもいるが..。
それは表現の世界でも同じ。彼ら彼女らはどちらの世界でも生きていける。が、本当の妖怪はそうはいかない。「鬼太郎」だけでなく、「Xメン」も同じ構図の物語。ミュータントは特殊な能力があるために人間世界で生きて生きづらい。
それを自分でコントロールできず、周りに迷惑をかけることも多い。映画「ダークフェニックス」はそんな話。それらもミュータント=表現者を表しているように思えてしまう。また、あれこれ考える。
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