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「明日にかける橋」を観た人の感想いろいろ=家族ドラマか?SFドラマか? それとも平成を見つめる物語か? [明日にかける橋=感想]

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「明日にかける橋」を観た人の感想いろいろ=家族ドラマか?SFドラマか? それとも平成を見つめる物語か?

全国からいろんな感想を聞かせてもらっている。例えばロケ地である静岡西部の方々からは「私たちの住む町をスクリーンで見て感動。見慣れた場所がとても美しく見え驚いた」「プロの有名俳優と地元の友人が共演している。俺も出演している!そんなところに感激」

映画ファンの人はやはり「バック・トウ・ザ・フューチャー」をどう日本で成立させているか?「最後はどうなるの?健太は助かるの?とハラハラし通しだった!」との声が多い。SFマニアの人でこう批判する人がいた。

「未来を変えるのは反則。この手のドラマはルールに従い作らないと!」

そんな人もいたが「未来を変える」がこの映画のテーマ。それは外せない。タイムトラベルものをやりたくて作った訳ではない。家族ドラマをまともに描いては絶対にできないことを、タイムトラベル設定で、見せたかったのだ。

その「家族ドラマ」として観てくれた方も多い。木下恵介監督、山田洋次監督が繰り返し描いたテーマではあるが、それをタイムトラベルという設定によって、今までにない形の家族ドラマにしてみた。多くの方から「感動した。泣けた」と褒めて頂いた。

社会に関心がある人は、平成日本を振り返る物語として観たとのこと。1989年はまさに平成元年。そこから現代までの(正確には現代までではないが)時代を総括。バブル時代に始まり、バブル崩壊、阪神大震災、オウム事件、311、リーマンショック、と平成を見つめるドラマになっている。「あの事件のとき、俺は大学生だったなあ」とか、自身をダブらせ、平成時代の総括をせずにいられなかった、との声も聞いた。

それは意図した部分。まもなく終わる平成。その最後の年に30年を振り返ること。日本が、そして自分自身が何をし、何を失い、何を得たのか? 次の時代に進む上でそれを反省すること。それを物語の中で考えたかったのだ。社会的視点のある人はこうもいう。

「この映画は宝田明がキーパーソンだ!」

鋭い!その通りだ。「明日」は「BTTF」的なエンタテイメントをやりたかっただけではなく、その部分がテーマとなる。教育問題に関心ある人は山田先生と、みゆきのおばあちゃんの言葉を対比させて、感じるものがあると言ってくれたが、その2つが重要なのだ。

山田先生は日本の戦後教育の象徴。バブル崩壊まではそれでよかった。優秀なサラリーマン=与えられることを確実にこなす=を大量に育てることで経済発展を可能にした。しかし、そんな教育を受けて育った人たちでは解決できない苦悩の時代を迎えた。それがバブル崩壊以降。だから20年も不況が続く。にも関わらず同じ教育方針で「与えられたことをするだけのサラリーマン」を育て続けている。

「この構図。何かと同じだな?」

思い当たったのが太平洋戦争時の日本だ。軍国教育で「お国のために死ぬのが日本男児」と教え、多くの若者が死んで行った。日本がもう勝てないという段階になっても、方針を変えず、若者が犠牲になって行った。その2つの時代を考えると、片や「お国のため」もう一方は「会社のため」どちらも言われたことを遂行する教育が後押ししている。結局、庶民は使い捨て、上の人たちを守るために犠牲になっていく。

つまり、そららの教育に染まった人たちが不幸になって行った。今の日本。同じことを繰り返しているのではないか? そこで山田先生という 猛烈教師というキャラクターを創造。さらには尾形社長という戦争経験のあるキャラも登場させることで、先に書いた「思い」を彼らに語ってもらった。戦中、戦後の日本を対比見つめるパートを作った。

山田先生は悪人ではない。むしろ教育熱心な教師。それを戦中に置き換えれば、愛国心溢れる憲兵のような存在。そしてバブル崩壊。皆が憧れる企業である大日本銀行が倒産。その流れを物語で見せることで、観客は今の教育が戦中と何ら変わらぬものであること。戦時中と同じで、子供たちを不幸に追いやることになるのでは?と感じる。そんなことを伝えるためのパートだ。では、どうすればいい? その問いに答えるのが田中美里さん演じる母のおばあちゃんである。

「腕に職をつけること」

昔ながらの知恵が未来を切り開くのではないか?というメッセージ。現代の教育は何ら技術を教えるものではない。会社をクビになっても、会社が倒産しても、他で生きる技術を持つことが厳しい現代を生き残るために必要なのでは?

そんな実例として美里さん演じる母・桐子は、大好きな剣道を続けてきたことで、現在はカルチャーセンターで教え、家計の足しになっている。そのあとも娘みゆき(現代の方)を救うあのシーンでも生きる。太田組作品は毎回、エンタテイメントの形をとりながら、社会問題、教育問題があちこちに潜んでいる。

それが家族ドラマにつながる。教育の矛盾に気づいた高校時代のみゆき。そのために両親と対立。両親は良かれと戦中と同じ、国にとって都合いいだけの大人を育てる教育を娘に与えようとする。それが問題であることを親が気づけば、無用な争いは避けられる。

国に都合のいい人間に育てるために、親子が対立するのはあまりにも無意味ではないか? そんなことを考えるために、戦争、教育、そして平成という時代を選んだのである。

そんなふうに「明日にかける橋」はいろんな角度から観られる物語にしてあり、同時にエンタテイメントにもなっている。ただ、評論家の中にはその辺のことを見抜くことができず、当て外れな想像で批判していた人もいる。

「宝田明さんの存在意味が分からない。唐突である」

という人もいた。が、先に書いた説明を読んでもらえれば理解できるはず(評論家の劣化が激しいこと近年強く感じるが、多くが作品の本質を見抜けず自分の趣味嗜好だけで批判することが多い)また、そんな設定であり、テーマなので戦争体験があり、戦争を反対する講演活動を今もしている宝田さんに出演して頂いた。キャスティングは役柄だけではない。そんな部分もとても大切だ。

もちろん観客はいろんな見方で観て、楽んでくれればいい。それが映画。でも、映画公開も終盤に向かっているので少し解説をしてみた。ららぽーと磐田は来週の金曜までは上映している。よろしく!

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少しづつ回復。リハビリ。近所のコンビニより遠いところへも行けるようになる。 [10月ー2018]

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 ラスト舞台挨拶ツアーから戻ると、夏が終わったように涼しくなった。その後、自宅入院状態の続きをして、また夏の暑さが数日戻ったが、さすがに秋を感じさせる日が続くようになった。

少しづつ回復。リハビリ。LAが舞台の映画を何本か見て。なんだか、LAでまた暮らしたいなあ......などと思い。近所のコンビニより遠いところへも行けるようになる。映画の情報発信はベッドの上からも続けていた。

 地元で第7週目決定のときは、1人で祝杯。二日酔いになった。ようやく、「明日」以外のことにも着手。本来、7月からスタートするはずの作業を10月になってから始めた。一番の問題はあの呪われたメイキングだが、他にもいろいろ作業した。すべてギャラなしだが、宣伝費が少ない。ギャラが出ないならできないな〜とは言いたくない。そんなことで、この数ヶ月。収入がないまま作業が続いた。

 これも監督業。

 さて、部屋も踏場のない荒れ方をしていたが、それも少しずつ片付ける。数か月ぶりに皿洗い。もう、腐っているか?と思ったグラス等を洗う。風呂掃除もひさしぶり。ゴミも何週間ぶりに出す。これだけのことが忙しくて、そのあとは過労でダウンしてできなかった。あとはテーブルだ。今は物がいっぱいで食事もできない。これを片付けると、かなり印象がよくなる。

 LAから帰って以来、スーツケースは開けたまま。同じ場所にある。8月だよね。LA行きは? そんなこんなで、次なるチャプターを始める。「明日」の宣伝はまだまだ続けるが、ようやく他のことにも手がまわるようになる。と言っている内に、いよいよ先の*****がスタート。また、皿洗いの時間もなくなるのか?


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