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エルトン・ジョンと尾崎豊。アーティストの宿命。悲しみを埋めるための作品。 [映画業界物語]

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エルトン・ジョンと尾崎豊。アーティストの宿命。悲しみを埋めるための作品。

昨日、見た「ロケットマン」エルトン・ジョンの人生を描いた映画。少し前にはフレディ・マーキュリーの生涯を描いた映画「ボヘミア・ラプソディ」があった。あちらはクイーンに詳しい人からすると、あれこれ違うところが多いと批判もあった。

こちらはエグゼキュティブ・プロデュサー、つまり製作総指揮がエルトン本人なので、間違いは少ないかもと思う。が、本人だからこそ、あまりに情けない話を隠そうとするかも?とも考えたが、十分に恥ずかしい話の連続であり、この映画は懺悔であり、告白なのかもしれない。

アル中、ヤク中、自己中心、癇癪持ち、浪費癖と、本人が告白する場面があるが、人生の落伍者のようなものばかり。しかし、彼は心に染みる素晴らしい歌を書き続けてきた。以前、記事にしたことがあるが、アーティストというのは「才能ある素晴らしい人」ではなく「悲しみを埋めるために作品を作らずにはいられない人」なのだと思える。人より多感で、小さなことでも耐えられない悲しみとして捉えてしまう。

だから生きずらい。映画でも親から愛を受けなかったことが大きな心の傷となり、それが埋められない。大人になっても荒れ続けるシーンがあるが、まさにその通りだ。感受性がさほど鋭くない人なら、多少の傷になっても、彼女が出来て、結婚すれば、その痛みを忘れるもの。それが理解ある女性と出会っても埋まらない。だが、エルトンを理解する作詞家バーニー・ハミルトンがいる。

あの素晴らしい歌のほとんどを彼が書いている。日本でいうと松本隆のような人だ。だが、そのハミルトンの友情も疑い、信じられなくなり、もっともっと愛してくれと、仲違いする。まるで子供。でも、だからこそあんなピュアな歌が作れた。尾崎豊もそんな印象だ。傷つきやすい不良少年。だからこそ書けた「17歳の地図」「卒業」「15の夜」彼もまた荒れた私生活を続ける。ドラッグに走り逮捕され、そのドラッグで命を落とすことになる。

表面だけを見たとき、エルトンも尾崎も大成功した芸能人は馬鹿騒ぎをし、ドラッグをやり、身を持ちくずすダメ人間のように映る。が、そんなことで「心の傷」を癒そうとしていることは見えない。もちろん、それは褒められたことではないが、子供のような彼らには自分を止められない。

また、一般の常識で彼らを測れないからこそ、あんな素敵な歌を作れるのだ。LA時代に出会った日本人で、尾崎と親しいという若い女の子がいた。尾崎ってどんな人?って聴くとこう答えた。

「悲しみを背負う人とすれ違うだけで、その人の悲しみを抱えてしまうようなタイプ」

なるほど。だから、あんな歌が書ける。でも、だから苦しい。でも、それがアーティスト。僕は山本太郎という人もそれに近いところがあると思える。人の悲しみを自分のこととして抱えてしまう。だから、原発事故で子供達のことを心配し、俳優業まで辞めて走り回った。それは今も続いている。

今朝もエルトン・ジョンの歌を聴きながら、あれこれ考えている。僕も映画を作る仕事をしているが、どうなのだろう? そう思って窓外を見ると、晴れてはいるが、強い日差しはもうない。夏が終わろうとしていることを感じる。

「ロケットマン」感想=>https://okinawa2017.blog.so-net.ne.jp/2019-08-26


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