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日本人は幸せになったのか? 戦後の選択を間違ったのではないか? =子供たちに何を伝えるべきなのか? [my opinion]

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日本人は幸せになったのか? 戦後の選択を間違ったのではないか?
=子供たちに何を伝えるべきなのか?

日本の教育が国策で経済大国を目指すための「優秀なサラリーマン」育成であったこと何度も書いた。そんな中で親は、大人は子供たちに何を伝えればいいのか? 僕の映画のテーマは毎回それなので、以前からずっと考えている。もちろん、こうすればハッピーと言う道はない。そしてハッピーとは何か? 幸せとは何か?から考えることが大事だと思える。

戦後の教育が目指したもの。「安定した経済と生活」だろう。食うに困らず、毎日仕事ができる。家族が安心して生活できる。それは戦時中の貧しかった日本の反省から来ているだろう。そして大物量作戦で日本を負かしたアメリカへの憧れ。物があると言うこと。つまり、お金があり、何でも買える。洗濯機、冷蔵庫、テレビ、車、マイホーム。そんなものが手に入る生活こそが幸せであると考えた。

戦後は二股の道、分岐点だった。日本人はその内の一つ「物があることが幸せ」を選び、突き進んだ。そのためにもう一方の「あること」を捨ててしまった。「物の幸せ」はバブル時代を頂点して達成された。誰もが全てが手に入る。ローンだったりはするが、車も家も買えた。しかし、何かが足りない。心が満たされないことに日本人は気づく。

何が足りないのか? それは「絆」。戦後の分岐点でその道を選ばなかった。昔の日本は貧しかったが絆があった。家族は同じ部屋で寝起きし、近所付き合いがあり、友達がたくさんいた。でも、裕福になった日本人は二階建ての家を建て、子供部屋を作った。お父さんは夜遅くまで働き、家族との交流がなくなる。

ビデオが普及して、テレビの前に家族が集まることがなくなる。携帯が手に入り、親は子供が誰と話しているのか?分からなくなる。電子レンジがあるので、家族揃わなくても暖かいご飯が食べられる。

豊かさが家族をバラバラにした。でも、日本人は無意識に「絆」を求めた。プリクラ、メール、カラオケ。みんな仲間であることを確認するツールだ。着信したら10分以内に返事。若者たちのそれも絆を確認する行為。そうやって日本人は昔は身近にいくらでもあった絆を探して、電化製品で絆を確認する。

戦後、日本人が選んだ道の結果だ。実は選ばなかった、もう一つの道が大事だったと言うこと。でも、後戻りはできない。物では幸せになれない。そして20年も続く不況はその物質的な幸せさえも奪おうとしている。幸せとは何か? 子供たちに何を伝えるべきか? まず、そこから考えたい。



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