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「明日にかける橋」はなぜ、1989年を舞台にしたか ? [9月ー2018]

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マスコミ取材では必ず訊かれたので、何十回も話したが、考えると文章にしていないので書いてみる。前作「向日葵の丘」は「1983年夏というタイトルの通り、1983年の物語である。バブル前夜とでもいうへき時代。日本はまだ経済大国ではなかったが、何か新しい時代が始まる予感がして、明るい未来を感じた時代だ。

僕は当時、6畳1間の下宿パートに住んでいた。トイレ共同。風呂なし。2万円の家賃。でも、それが平均的な学生だった。そこから日本はバブルに突入して行く訳だが、そんな時代を舞台に映画研究部の女子高生。その青春を描いた。バブル以降の日本は物質的には豊になった。が、日本人は大切なものを置き忘れて来たのではないか? では、その大切なものとは何か? 幸せって何なのか? それを描いた作品。クライマックスの常盤貴子さんの台詞いその思いを込めた。

そのテーマを別の角度から描いたのが今回の「明日にかける橋」である。バブル前夜の1983年から、今回はバブル最盛期の1989年に舞台を移した。それもバブルの恩恵を受けた都会ではなく、その波が届いた頃には終ってしまう地方を舞台にした。そんなふうにして、貧しかったが希望のあった1983年と対比。都会を追いかける地方。経済大国になりながら、そこで苦悶する人々。そしてバブル崩壊を見つめることで前作とは違った局面で、日本と日本人を描くことができる。

前作では描けなかったものが、見えて来るのではないか?と思えた。そう考えたとき、バブル経済の最盛期である1989年が相応しいと思えた。さらに、89年は平成元年でもある。大きく時代が変わった年だ。そのことも近代日本を見つめる上でプラス、そしてこれは意図してなかったが、その平成が今年で終る。そのことで「明日にかける橋」は日本人が平成という時代を振り返る物語にもなった。

大人たちは「あー、あったなこんなこと....」「オウム事件、阪神大震災、宮崎勤事件、ロックフェラーセンター買収、911....と時代を思い出し、子供たちは「これが噂に聞くバブルかあ〜」と感じる。いずれにしても30年を見つめることで、これからの30年。次の時代をどう生きるか? 反省と後悔の上に、次の時代の意味を意義を見つける。それが1989年という時代を選んだ理由である。


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